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働き方革命最前線 ─ポストAI時代のワークスタイル

Tiwiplusk / Shutterstock.com

平時なら騙されないはずのフェイクニュースでも、非常時ほど妙に本当っぽく見えたり、むやみに拡散してしまうことがあります。なぜか──もしかすると人は、自分と他者とのつながりそのものを“世界のすべて”だと錯覚してしまう習性を持っているからかもしれません。

例えば犬が好きな人の周りには、必然的に犬好きが集まります。散歩に出れば犬をきっかけに飼い主同士の交流が生まれますし、SNSのアイコンを愛犬にしていれば、同じ犬好きから「うちも飼ってます」と話を振られることでしょう。

すると、その人からすると、「世界のほとんどの人が犬好きである」と見えてもおかしくないのです。しかし実際には、犬好きと同じくらい、猫好きやうさぎ好き、はたまた亀好きもいるのですが、それは犬好きの人の視界からは見えにくくなってしまいます。

そうして錯覚してしまう習性のために、人はいかようにも騙されてしまうリスクを抱えているといえるでしょう。

ニュースが不安を掻き立てる?


多くの人は、非常時ほどつい気になってニュースをチェックしてしまいがちです。気持ちはとてもよくわかりますが、そもそもニュースは、より多くの人の目につくように設計されている場合が多いです。

実際、ネットニュースを書いている記者さんは、自社サイトのPV数を稼がないとご飯を食べられないので、編集者会議などではまず、過去にPV数を稼いだタイトルや内容をもとに、いかに読まれる記事を生み出すかが議題になると言います。

そのPVを稼ぐ記事の特徴の一つに、ネガティブな言い回しがあるといいます。わかりやすく言えば、「〜すると人に好かれる!」という見出しよりも、「〜すると人に嫌われる!」という見出しのほうがPVを稼ぐので、おのずとそのような切り取り方の記事が多くなるのです。

もちろんすべての媒体がそうとは限りませんが、テレビや新聞などでも、より多くの人に見てもらうことに重力が働くと、より引きのある言い回し、つまり、より人の不安を煽る映像や内容が多用されるとうジレンマがあります。よって、社会の揺らぎが続いているときにあまりニュースをチェックしすぎると、知らぬ間に不安バイアスが色濃くなってしまうリスクがあります。

そうして不安を掻き立てかねないニュースを見て、さらにそれを拡散すれば、似たような人、すなわち同じように不安な人が集まるようになり、結果「世界中が不安に陥っている!」と錯覚してしまうようになりかねないのです。そうして自分の足場がぐらつくような不安にさらされ続けていると、精神力や体力を奪われかねません。

文=尾原和啓

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