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パナソニック株式会社 Aug Lab代表 安藤 健

100年の歴史を持つパナソニックにおいてイノベーションを目指す、2つの新規事業創出チームは、人間と社会に対してどんな未来を描いているのか。2回にわたる記事の後編では、自己拡張(Augmentation)技術によってWell-Beingな社会を目指す「Aug Lab」のキーマンに話を聞いた。(前編:Game Chancer Catapultはこちら


日本時間の4月9日午前10時、日米のプロフェッショナル4人がネット上に集まり、トークセッションが始まった。直前の告知にもかかわらず事前視聴登録者が200人を超える人気ぶりで、パネリスト3人の発表とモデレーターを交えての討論は予定の1時間を超える勢いで行われた。

このセッションは本来、3月に米テキサス州オースティンで開催予定だったサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)で行われるはずだった。しかし、新型コロナウイルスの影響でSXSW自体が中止に。パネラーの1人として社員が登壇を予定していたパナソニックは、このセッションを自主開催することを決め、「Robotics for Well-Being」というタイトルはそのままにバーチャルセミナーを企画した。

ロボティクスやWell-Beingという言葉と、パナソニックという組み合わせにピンと来ない人もいるかもしれないが、同社はロボティクス分野でも大手であり、その高度な技術を新たな分野で活用しようとするチャレンジに今、乗り出している。

その主体となっているのは、2019年4月に同社マニュファクチャリングイノベーション本部内に発足した「Aug Lab」。このラボが目指すのが「Robotics for Well-Being」なのだ。このテーマを具現化するプロトタイプはすでにいくつか誕生しており、そのうち3種はSXSWで公開されるはずだった。

「Robotics for Well-Being」とは何か、そしてAug Labとは何者で、何をなそうとしているのか──。オンラインセッションにもパネリストとして参加したAug Labのリーダー・安藤健に尋ねてみると、ロボティクスとWell-Being、その2つをつなぐAugmentation=自己拡張という3つのキーワード、そしてパナソニックがイノベーションの実現に本気で取り組む姿勢が見えてきた。




「人間が、より人間らしく生きる」をロボティクスで叶える


──トークセッションのタイトルとなった「Robotics for Well-Being」は、Aug Labの目指すところを端的に示す言葉です。“手段はロボティクス、目的はWell-Being”とも解釈できます。

安藤 これまでロボティクスは主にオートメーションによる効率化・生産性向上に応用されて大きな成果を挙げてきました。パナソニックは我々の部隊を含め、ロボットをずっと手掛けてきており、人手不足・生産性向上などのお困りごとを抱えている方々に対して、多くのソリューションを提供してきたと思っています。

──確かにパナソニックはロボティクス分野でも大手ですね。電子部品の実装やレーザー溶接といったものづくりにおけるオートメーションでは世界をリードする存在だし、医療・介護や農業、災害対応など幅広い分野でも数々の製品・サービスを送り出しています。

安藤 そうです。しかし、人手不足が解消するとか、何かが効率的になるとかいうことにだけトライしていていいのかという思いもある。統計を見ると日本のGDPは上がっているけれど、幸福度は比例していません。それに対してパナソニックにはどんな手が打てるのか。そういう思いがあって、このチームをつくりました。人間が、より人間らしく生きる。なりたい自分になる。そういう願いをかなえるためにもロボティクスが有効ではないかと。

──「人間が、より人間らしく生きる。なりたい自分になる」というのが、安藤さんによる、あるいはパナソニックによるWell-Beingの定義ということになりますか。

安藤 いま仮に、自分なりにそう表現してみましたが、Aug LabではWell-Beingの定義を今もまだ模索しているところで、現時点では正確なところは「わからない」というのが答えですね。わからないから模索しているし、社外とも連携して研究している。ある人にとって何がWell-Beingなのかというのは、人による多様性、文化による多様性が大きいですし、個人にとってのWell-Being、社会にとってのWell-Beingという違いもあります。

──確かに「より人間らしく」や「なりたい自分」というのは、本当に幅広いですからね。気持ちの部分も大きいですし。

安藤 私たちの考えているところでは、Well-Beingにはフィジカル、エモーショナル、ソーシャルという3つの面があります。フィジカルなWell-Beingの実現というのは、たとえばロボットの助けによって、これまでできなかったことができるようになったり、このままではできなくなりそうなことが引き続きできたりという状態です。これはリハビリロボットなどすでにいろいろな実例が出ていますよね。

一方、落ち込んだ気分が回復するとか、不安が消えて安心するとかのエモーショナルなWell-Beingというのもロボティクスで貢献できるはずだと考えています。引っ込み思案な性格の人でもSNSに積極的に参加できたり、家にいても社会活動に貢献できたりというソーシャルなWell-Beingについても同様です。

セッションであぶり出された、人それぞれのmy Well-being


──「Robotics for Well-Being」というテーマについては、かなり見えてきました。そこで教えてほしいのは、ではなぜ安藤さんの率いるチームの名前が「Robotics Lab」でも「Well-Being Lab」でも「Robotics Well-Being Lab」でもなく、「Aug Lab」であるのかです。先日のオンラインセッションでは、安藤さんご自身の追究するテーマが「オートメーションからAugmentationに変わった」とも発言されていました。

安藤 「Aug」は「Augmentation」の略語で、Augmentationを私たちは「自己拡張」と呼んでいます。たとえば、人間の筋力が1であるところをロボティクスで10にするのが自己拡張ですね。これはフィジカルなWell-Beingのための自己拡張で、ロボティクスによって集中力を倍増させることができればエモーショナルなWell-Beingを実現する自己拡張になる。


「Robotics for Well-Being」でプレゼンテーションを行う安藤氏

──“ロボティクスによる自己拡張を通じたWell-beingの向上”ですね。ノーバート・ウィーナーの『人間機械論』や、マーシャル・マクルーハンの『人間拡張の原理』が頭に浮かびます。こうした1950年代、60年代に生まれた発想が、テクノロジーの進歩によって“ロボティクスによる自己拡張”として現実化してきて、その流れを受けて今、“Well-beingの向上”という目的をあらためて明確に掲げて活動しているのがAug Labといえるのではないでしょうか。

安藤 そうですね。先日のオンラインセッションでも、パネリストのアン・グリーンバーグさん(Entertainment AI社 創業者兼CEO)が紹介してくれた人間中心のストーリーテリングや、ハロルド・E・パソフさん(Earth Tech International社 社長兼CEO)が触れていたBMI(Brain Machine Interface)が、マクルーハンのメディア理論やウィーナー以来のサイバネティクス理論とつながるような話でした。


「Robotics for Well-Being」の登壇者。左上:ハロルド・E・パソフ、左下:安藤健、右上:サンディープ・クマール、右下:アン・グリーンバーグ

──セッションでは安藤さんによるAug Labの“哲学と実践”についてのキーノート・スピーチに続いて、グリーンバーグさんがエンタテインメント分野での創造性という観点から、パソフさんがマシンやエネルギーの統御という観点からAugmentationに関連する発表をされました。それを受けてモデレーターのサンディープ・クマールさん(KIZKIファンド/GLOBAL ASCENT PARTNERS社 パートナー)が質疑応答を進めてWell-Beingというテーマへと結んでいく展開がエキサイティングでした。あれがSXSWで実現していたら、さらに盛り上がったかと。

安藤
 エンタテインメント分野でのAIやクリエイティブが軸のグリーンバーグさん、ハードテクノロジーの専門家でロボティクスへの造詣も深いパソフさん、テクノロジーに通じた投資家・起業家の視点を持つサンディープさんという3人に参加していただけて、有意義でした。4人の間で人間の幸福やWell-Beingというキーワードや方向性が一致して、議論が噛み合わないというところがなかったですね。Aug Labの取り組んでいる課題が今後、世界レベルの課題になっていくなと強く思いました。

もちろん、Well-Beingについての考え方の基礎が、欧米やインドなどと日本との間には差があるなということも感じました。彼らが語るのは個人の「my Well-Being」である一方、私が語るのはみんなの「our Well-Being」だという印象で、この場合は個人主義と集団主義という文化的背景の違いがある。Well-Beingの定義には文化による差を考慮することが重要だと、あらためて考えています。そもそもWell-Beingという概念は欧米主導で生まれてきたものですが、これからは東洋的な思想の文脈の中で定義づけていく必要もありますね。

Aug Labの思想を体現する3つのプロジェクト


──そもそも、Aug LabとしてSXSWへの出展を決めた背景はどのようなものだったのですか。

安藤 Aug Labの構想を始めたのが2018年の10月くらいで、チームを立ち上げたのが19年の4月でしたが、初期段階から、なるべく早く外部に発信したいなと考え場所を探していて、SXSWは有力候補でした。Aug Labのテーマは海外の方がよく響くと思っていたし、発足から1年というタイミングの面でも3月開催のSXSWはよかった。

──SXSWではプロトタイプも3種、発表されるはずでした。

安藤
 Aug Labではすでに500から600のアイディアが出ていて、そこからプロトタイプを作ってみたのが20件くらい。その中でSXSWという場で参加者に“刺さりそう”なプロジェクトを5件選び、さらにわかりやすさという面で絞り込んで3件になりました。

各プロジェクトが目指しているWell-Beingのうち、フィジカルが中心になるものは、それこそパワードスーツのロボットのような、イメージしやすくて先行例も多い。ですからそれ以外、エモーショナルやソーシャルの面にアクセスするようなプロジェクトを選ぶということも頭にありましたね。

──「呼吸する壁」と説明されている「TOU(トウ)」は、どんなプロジェクトですか。

安藤 
スマホに密着した生活がWell-Beingなのかという疑問からスタートしたプロジェクトです。何ともつながっていない時間、禅や瞑想のような時間が人間に大きな影響を与えることは学術的にも証明されているし、無になれる時間の方が人間はクリエイティブになれる。そういう時間を意図的に生み出せるように開発しました。

無といっても、「TOU」そのものは動く壁で、屋外の風をリアルタイムで検出して、風の動きに応じて壁がでこぼこと形を変えます。これは風による草原の草の揺れや焚き火の炎の揺れをイメージしたから。自然のランダムな現象は人間の意識をリセットするという仮説にもとづいて開発した結果です。 


「TOU」のイメージ画像

──なるほど。これはエモーショナルなWell-Beingを目指していますね。出展予定だったプロジェクトのその2、小さなかわいいロボットが3体そろっている「babypapa(ベビパパ)」について教えてください。

安藤 これはエモーショナルだけでなくソーシャルの要素も大きなプロジェクトです。ロボットにカメラとネットワーク機能が組み込んであります。

かわいい3体が彼らだけで勝手に遊んだり、子供と遊んだりする中で、留守の間の子供の様子をモニターで見たり、歯磨きへの誘導もしてくれます。親が子供を見守ったり、あやしたり、子供の写真を撮って思い出を残したりできるわけです。


「babypapa」

──これはひと目見て「欲しい!」という人が多いでしょうね。さて、3番目のプロジェクト「CHEERPHONE(チアホン)」は?

安藤 あるサッカーチームの熱烈なファンなのにアウェイの試合にはなかなか応援に行けない。そういうときに想いを届けられるメガホンを作ろう!というのが開発のきっかけでした。ブレスレット型の端末が親機と子機の2つあって、応援したいけれど会場に行けない人が親機を持って、会場に行って応援できる人に子機を託す。そうすると応援する声や腕を振る振動が親機から子機に伝わって、会場に設置されるスピーカーやLEDで応援の熱量が表現されるんです。



「CHEERPHONE」のブレスレット型端末(上)と利用イメージ(下)

そうやって、離れたところから会場へリアルタイムで自分の想いを伝えることができる。だからチーム内では「想いよ届け」プロジェクトと名付けています。親機と子機を持つ人達の関係性から言えば、同じ対象を応援するコミュニティーにおける人と人の関係を作るプロダクトでもありますね。

松下幸之助による創業や発展の理念と通じる


──エモーショナルでもありソーシャルでもあり、というプロジェクトですね。こうしたユニークなプロジェクトが次々と生まれてくる背景として、Aug Labが特徴あるアプローチとして取り組んでいるオープンイノベーションがあるのではないかと思うのですが。

安藤 パナソニックのグループ内にも素晴らしいアイディアの持ち主や優れた技術を持つエンジニアがたくさんいて、セクションの壁を超えて彼らとも一緒に働いています。しかし、Well-Beingという大きなテーマを追いかけるにあたっては、大きな問いを立てる、良い問いを立てるということが非常に重要です。

それには人間を理解する、それも感覚、感情、行動といったさまざまな面から理解しなければならない。一方で、これまでにない、まったく新しいプロダクトを生み出し続けていくためには、開発のプロセスそのものから作り出さなくてはいけない。そのために必要な知見は膨大で、とてもグループ内だけで得られるものではありません。

そのためには各界の研究者や起業家、アーティストなど様々な分野の方々とのコラボレーションが欠かせません。それも、外部の1社と協働するアライアンス型のオープンイノベーション1.0ではなく、外部の多くのプレイヤーさんと一緒に進める形のオープンイノベーション2.0です。

──Well-Beingというのは確かに、突き詰めていけば本当に幅広く、奥深いはずですからね。しかし、Well-Beingを追究するというAug Labの基本姿勢は、実は松下幸之助による創業や発展の理念と通じるものを感じさせます。

安藤 製品によって人に、社会に、Well-Beingをもたらしたいという大きな目的は変わっていないと思います。新しい取り組みが必要になっているのは、松下幸之助の精神を実現することが難しくなっているからで、その背景にあるのは機能から意味、モノからコトへ、モノからデータへという大きな変化です。その変化に対応できるプロダクトをきちんと社会に送り出していく。この課題を、産業人としてしっかり持つことが必要だと考えています。

──大学院の研究者・教育者から転身された安藤さんの言葉だけに、いっそう重く響きますし、また、とても期待が膨らみます。今日はありがとうございました。


Aug Lab
https://tech.panasonic.com/jp/auglab/

第1回記事
変化はエッジから起こる。Game Changer Catapultが考える、21世紀型企業と「未来のカデン」
https://forbesjapan.com/articles/detail/33207

Game Changer Catapult
https://gccatapult.panasonic.com/

パナソニック
https://www.panasonic.com/jp/top.html

Promoted by PANASONIC / text by 岡田浩之

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