フランスのエマニュエル・マクロン大統領が3月中旬の外出制限発表に際し、新型コロナウイルスを「敵」と名指して以降、この表現はパンデミック下の指導者たちの新たな紋切り型となった。
WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は、新型コロナウイルスを「人類の敵」と表現し危機感を強めた。日本の安倍首相も4月7日の記者会見の中で「見えない敵」という表現を用いている。
「われわれ」は現在「人類の敵」である新型コロナウイルスを前にして家へと引きこもり、「パンデミック」という「戦争状態」を生き抜くサバイバル生活を送っている。政治の本質は「友」と「敵」との設定にあると戦間期に喝破したのはドイツの法学者カール・シュミットだったが、パンデミック下の政治的リアリティを支えているのはこのような「友敵」の論理だ。
「友」と「敵」とに分断され、多くの人々が家へと引きこもることを余儀なくされる世界情勢の中、21世紀のエコロジー思想を牽引する哲学者の一人であるティモシー・モートンが、新型コロナウイルスに関するエッセイを執筆する上でテーマに選んだのは、意外にも「共生(symbiosis)」という言葉であった。
「われわれは皆、共生的な存在であり、他の共生的な存在と絡み合っているのです」と述べるモートンは、新型コロナウイルスが拡大する世界について何を考えるのであろうか。
コロナに感謝? 哲学者ティモシー・モートンがエッセイを発表
米国ヒューストンにあるライス大学教授のティモシー・モートンは、人間とエコロジーの関係について研究を行う、21世紀を牽引する哲学者の一人だ。
「人間中心主義」を見直し「人間、動物、モノ」の境界線を新たに問いなおすモートンの思索は、“Dark Ecology”(2016)や“Being Ecological”(2018)など、いくつかの著作に結実している。すでに日本語でも『自然なきエコロジー』(篠原雅武訳、以文社、2018年)が翻訳されており、手に取ることができる。
そんなモートンが、パブリックセクターやアーティスト、メディア、思想家などをつなぎ対話を促す「STRP festival」というプラットフォームに寄稿したエッセイには、「ウイルスとの共生に感謝(Thank Virus for Symbiosis)」という、やや挑発的ともとれるタイトルがつけられている。
世間では「敵」と見なされているウイルスにあろうことか「感謝」を述べるモートンに対して、読者はさっそく面食らうことになるのだが、彼はこのエッセイの中で一体どのような思索を巡らしているのだろうか。