ビジネス

2020.04.20

事故もカネに変える「石油ビリオネア」が風力発電に人生を懸ける本当の理由

フィリップ・アンシュッツ


アンシュッツは植生調査に費用を割き、鳥類学者を雇い、鳥検知レーダーを設置して、イヌワシの飛行ルートマップを作成した。そして、イヌワシの飛行ルートの下にあたる425km2の土地を風力タービンの設置禁止区域に指定。調整を行ったおかげで、遠方にある風力タービンのブレードの回転によって生じる影が、ティートン貯水池からの景観を損なうことはなくなった。

ワイオミング州産業立地部門の管理者ブライアン・ラベットは、アンシュッツたちの取り組みを高く評価している。

「今までこれほど大規模なプロジェクトは見たことがありません。彼らは風力発電基地のためならと、幾多の問題の解決に真摯に向き合ったのです」

1970年代、アンシュッツとミラーはカリフォルニア州ベーカーズフィールドからロサンゼルスを経由してロングビーチ港まで石油パイプラインを引いた。ミラーは当時のことを振り返り、こう言って笑う。

「誰からもばかげた話だと思われていました。でも、私たちは実現させました。他人ができないと思っていることをやり遂げる。これほど痛快なことはありませんよ」

2人は、1990年代にアンシュッツが創業した通信会社クエスト・コミュニケーションズが、数千kmの光ファイバー網の構築に、失敗覚悟で10億ドルを投じたときも、パイプラインのときと同じワクワク感を味わったという。

「それで私たちが光ファイバーの顧客をどのくらい獲得できたと思う? ゼロだよ」

アンシュッツはそう言って、指で“0”を作って見せたが、彼は同時にこうも言った。

「世の中が分単位の通話の時代から、メガバイト単位のデータの時代に変わりつつあるという確信が私にはあったのさ」

土地管理局が管理する4つの州の16の公有地と378の私有地に風力発電による電力を供給するために、送電線の建設に投資することも、彼にとっては同様の賭けだったのだ。

エネルギー系コンサルタント会社「ウッドマッケンジー」によれば、米国の風力発電容量は今後5年で現在の10万MWから60%も拡大するという。風力タービンの増設は進める必要があることなのだ。米国がエネルギーの脱炭素化に本気で取り組むつもりなら、可能な限り人が少なく、風の強い場所を活用するというのは道理にかなっている。

「風力発電に適した風況はわれわれの牧場を越えて、盆地全体にまで広がっている」

そしてアンシュッツは断言した。

「ここに風力タービンを設置できなければ、設置できる場所はどこにもないってことになるんだよ」


フィリップ・アンシュッツ◎1939年、カンザス州生まれ。大学卒業後、父親の会社に入社。石油事業を譲り受けて事業を拡大し、鉄道、通信、不動産、スポーツ、エンターテインメントなど幅広く経営の手腕を発揮してきた。2019年のフォーブスの世界長者番付では128位。

文=クリストファー・ヘルマン 写真=ジャメル・トッピン 翻訳=岡本富士子/パラ・アルタ 編集=森裕子

この記事は 「Forbes JAPAN 2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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