発信者たちの言葉はさまざまだが、受け手である私たちは常に彼らより先にいる。ネガティブな内容でいえば「誠に申し訳ありません」「想定外でした」といったよく聞くフレーズには謝罪の意を感じとれなくなっているし、新商品や、新しい政策に関しても「こんなにすばらしいものが」「みなさんの生活は変わります」といった口当たりのいい言葉の次に、何を発するかを待っている。
誰もが発信者になる時代、言葉ひとつで評価が一変する時代に、何に重きをおいて発していけば良いのか。日本で40年に渡り企業の“コミュニケーション・トレーニング”を行うバーソン・コーン&ウルフの竹村剛に聞いた。
バーソン・コーン&ウルフ・ジャパン マネジングディレクター 竹村剛
例えば孫正義という事例
孫正義は、その賛否は別れるものの発信者としてのスキルを持つと評価していいだろう。業績(評判)が悪い時こそ前面に出て、自らが何を考えているかを分かりやすく訴えかけるからだ。2016年、半導体設計の大手「ARM」を買収した時もそうだった。
「孫社長は買収発表の当日、深夜帯23時からの経済ニュースに登場し買収の理由を説明しました。その時に興味深かったのは、言葉の選び方と話の作り方です」
当時、ARMの売り上げは年間1350億円。買収金額はその20倍の3.3兆円だった。思い出す読者も多いだろう。この買い物は「ない」という評価。株価も当然ながら下落した。
「その場で話されたのは、買収金額の是非ではなくインターネットの世界の話でした。まず、彼は『私が何か大きなことをする時は必ず株価が下がるんです』とおどけて見せ、その後、ARMが何を作っているか、それがインターネットの世界をどう変えるかを説明した。ありとあらゆるものがロボットになり、つながり、放牧されている牛さえもその位置がわかる、といった具合に。最後に『安かった、大バーゲンだ』とまで言いました。金額よりも、手に入れられる夢を語ったのです」
孫正義らしい珍しくない事例に見えながらも、とんでもない買収を平易にわかりやすく伝えたことを検証してみれば、3.3兆円の意味を説明したかったであろうその時に夢を語るなどは、実際そう簡単ではないことが想像できる。
「理解しやすい発信には、必ず“キーメッセージ”が含まれなければなりません。この例でいうと、これからのIoTの時代の中核がARMだという趣旨の言葉を多用しました。これは仮に質問が何であれ必ず柱として言い続けるキーメッセージで、それを知ってか知らずか、孫社長は実践していましたね」
2016年から投資会社へ変貌したソフトバンクグループは、現在、weworkへの投資の影響から前例の無い株価の下落に見舞われている。業績発表の場では自ら反省の言葉をのべた。この言葉自体、経営責任とは別の発信者として評価はできるかもしれない。
すぐに修正すべき日本企業に多い供給者視点
高度成長期からがむしゃらだった日本。いやおう無しに国際化の舞台に立たされ、スマートになった消費者たちの鋭い視線にさらされる今でも、変われない企業がまだまだ多いと竹村はいう。