警察組織が、自分たちの筋書きに合わない証言を認めたがらない。冤罪のひとつの典型的なパターンがこの事件にはあったということだ。「鳴った」の供述撤回を求め、拒絶され続けながらも、西山さんはある日には、午前2時半に自宅から1人で署まで撤回を求める手紙を届けることまでしている。それが、「チューブを外した」と虚偽自白するちょうど10日前だった。
角「証言を取り消すことができず、看護師との友だち関係の板挟みになり、どうしようもなくなった揚げ句に自分のせいにしようと思って、うその自白をした。それが、弁護団の主張なんです」
秦「刑事が好きになった、というのは本当なの?」
角「自分から警察署に行ったのは、やっぱり刑事に会いたくて行ったこともあったみたいです」
「虚偽自白」の前に29回の取り調べ。衝撃的な事実が公判でも
虚偽自白する直前の40日間で、西山さんの取り調べは29回。まだ、容疑者でもないのに異常とも言える回数は、西山さんが呼ばれたわけでもないのに自ら署へ行った、ということを裏付ける。それだけではない。角記者から衝撃的な事実を聞かされ、私は一瞬言葉を失った。
角「取り調べ中に刑事に抱きついたりもしているんですよ」
秦「それ本当?」
角「本当なんです。びっくりしたんですけど、起訴されて拘置所に移監される時に『離れたくない』って刑事に抱きついているんです」
秦「弁護側がそう主張しているだけじゃなくて?」
角「公判で刑事は、抱きつかれた時には『頑張れよ』と肩をぽんぽんとたたいた、と話したんです。実際に、抱きついて、それを受け止めたということでしょう」
社会部でほぼ10年のデスク経験がある私も多くの事件報道に携わったが、殺人事件の女性被疑者が男性刑事に抱きついた、などという話が裁判で公にされたなどということは、聞いたことがなかった。
ここまでの話だけでも、あぜんとするような話ばかりだった。角記者の言うように「突っ込みどころが満載」なのは、間違いない。私は帰りの列車の時間も忘れて彼の話に引き込まれ、さらに驚くべき事実を聞かされることになった。
連載:#供述弱者を知る
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