経済・社会

2020.04.12 12:30

冤罪の調査報道の始まりは仰天。「離れたくない」と刑事に抱きついた?|#供述弱者を知る


「突っ込みどころが満載」の事件のいきさつを整理


角「事件に関わった県警本部のある人に聞くと『あいつがやったに決まっとるやろ』って言うんですよ。でも、この事件、おかしなことがいっぱいあるんですよね。だから、その人に『そうは言っても、突っ込みどころが満載じゃないですか』と突っ込んだりしてるんですけどね」

秦「おかしなことって?」

角「その看護助手が、取調官の刑事が好きになって、それでうその自白をしたって、裁判では主張しているんですよ。変な話ではあるんですけど、実際、逮捕される前に、何度も自分から警察署に出向いて、その刑事に会いに行っているんですよね。おかしいと思いませんか。真犯人だったら、自分から署に出向くなんて、そんな行動とらないじゃないですか」

秦「何のために自分から会いに行ったの?」

角「何回かは、供述の撤回をお願いに行っているんです。彼女だけが『人工呼吸器のアラームが鳴った』と言って、その供述を撤回してもらおうと何度も署を訪ねているんですよ」

死因は「窒息死」が始まり。呼吸器のチューブが外れていた証言は誤り


なかなか経緯が飲み込めなかったが、あらためて事件発生時のいきさつを整理すると、こういうことだった。

患者が死亡したのは2003年5月。午前4時半ごろ、西山さんと一緒に病室を巡回していた看護師が死亡していることに気づいた。看護師は当初「呼吸器のチューブが外れていた」と証言した。

警察は「外れていた」という証言を司法解剖の鑑定医に伝えた。後に、この証言は間違っていたことが判明するのだが、鑑定医は、その情報を根拠に司法解剖鑑定書に死因を「窒息死」と書いてしまった。

誤った情報に基づいて死因を「窒息死」と特定してしまった時点で、患者の死は医療事故の疑いが濃厚ということになってしまったのだ。これが、この事件の捜査が方向性を誤った最大のポイントだったが、「窒息死」は14年後の2017年12月に大阪高裁が「自然死の可能性がある」として再審開始を決定するまで、ひとり歩きをし続けたのだ。

呼吸器のチューブが外れた、という誤った想定で初動捜査は進んでしまった。患者が自然に息を引き取ったのであれば、呼吸器は酸素を送り続けるだけだから、アラームが鳴ることはない。しかし、警察は「外れていた」という誤った証言に引きずられてしまったのだ。

チューブが外れていたのであれば、アラームが鳴ったはずだ、と警察は考えた。しかし、当直の看護師2人、看護助手の西山さんだけでなく、入院患者、付き添いの家族の誰も、アラームを聞いていなかった。当然だろう。チューブはつながっていて、患者は自然に息を引き取ったのだから。振り返れば、後戻りするチャンスは、ここだった。
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文=秦融

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