#供述弱者を知る


打ち合わせ後に確認すると、西山さんの供述調書は38通に上っていた。自白が真実であれば、体験したことをありのままに語る供述調書が1、2通あれば、事足りる。逮捕後、起訴までの20日ほどの取り調べで補足するところが出てきたとしても、せいぜい数通あれば十分だ。調書がそれほどの数になる理由は、被疑者がやってもいないこと、つまりは「知らないこと」を語らせられているために、つじつまが合わない部分が供述調書の中で随所に出てくるため、その度に書きかえる必要が出てくるためだろう。

捜査側のシナリオと現場の状況に矛盾が生じる


冤罪事件の特徴として、よくあるのはこのパターンだ。うその自白の筋書きを実際に作っているのは捜査側なのだから、往々にして調書の内容は現場の状況と矛盾するところが多くなる。何度も言い換える理由を、捜査側は、被疑者が罪を逃れようとなかなか真実を語ろうとしなかったからだ、と主張することもあるが、そうではない。

現実には、無実の人を犯人だと決めつけた捜査側のシナリオと現場の状況との間に矛盾やほころびが生じ、その都度、つじつまあわせをする過程で調書が書き直され、数が増えていくと考えるのが自然だろう。

しかし、冤罪被害者にとって不幸なのは、多くの裁判官が最初から検察側と同じ目線で被疑者を「悪人」と決めつけ、検察側の主張を信じてしまうことだ。この事件も、ありがちなパターンの典型なのではないか、と疑う角記者の見立ては、真っ当のように聞こえた。

大津支局での打ち合わせは、すでに1時間を過ぎていた。角記者は「それだけじゃないんですよ」と、さらに続きを話し始めた。

角「供述調書だけじゃなくて、それとは別に、自供書も書かされているんです」

秦「自供書とは?」

角「直筆で書いたものです。その数も半端ないんですよ。すべてに目を通したわけではないですが、犯行の手口とか動機とかを自分で書いたものです」

秦「何のために書くの?」

角「調書の補強でしょうね。この事件は、証拠が何もないんですよ。だから、いろんな方法で自白を補強しているんですが、自供書もその一つだと思うんです」

供述調書のイメージ
この事件では、供述調書、自供書の数の多さが異常であることに気づいた(Shutterstock)

手書きで便箋に書いた自供書は56通。多くが証拠に


恥ずかしい話だが、この時点では、私も事件で取調官が書く供述調書は、被疑者が語った通りのことが書かれている、と思い込んでいた。だから、自供書を何通も書かせるなどという、屋上屋を重ねる意味がよくわからなかったのだ。

自供書は、正式には上申書という、当局に宛てて自ら書く文書のことだ。西山さんの場合は便箋に手書きで書いた文書が56通も残され、多くが証拠採用されていた。

供述調書が多数に上る理由はさきほど書いたとおりだ。それに加えて、自供書がこれほど多数に上る、という理由をよくよく考えてみれば、屋上屋を重ねる理由も腑に落ちる。捜査側こそが、供述調書は自分たちの手による作文だということをよく分かっているので、あたかも本人の意思に基づいて供述調書が作られたかのように「偽装」したいという誘惑に駆られるのは当然のことだ。

38通もの供述調書に輪をかけて自供書が多いというのは、振り返ってみれば、供述調書の内容がでっち上げだということの裏返しとも言える。だが、供述調書がでっち上げられるはずがない、と思っている私には、そこまで連想することができなかった。

文=秦融

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