クリエイティブ・ディレクターの林尚司のアイデアは、Prototype for 甥っ子。冬の保育園には親の方針で予防用マスクをしている子としていない子がいる。マスクをしていると風邪をひいていると思われて、友達が寄ってこない。そこで、冬になると必ず予防用マスクをする甥っ子のために、林は予防用だと一目でわかるマスクをつくった。いくつものデザイン案を検討し、甥っ子に見せると彼は大喜び。「げんきだよ」とかわいい文字が描かれたマスクを選び、すぐにでもそれをつけて保育園へ行きたがった。そういえば大人の世界でもマスクをしていると「風邪ですか?」とよく聞かれる。そのたびに「予防用です」と答えるのは、コミュニケーションのロス。この面倒を解決し「予防用マスク」という新しい市場をつくる可能性があるアイデアといえるだろう。
本記事のライターのひとり、キリーロバ・ナージャのアイデアは、Prototype for ロシアの家族。旧ソ連生まれの彼女は、離れて住む家族とのコミュニケーションがデジタル上でのものになってゆくなかで、筆跡が絶滅してしまう危機を感じていた。家族の筆跡はクラウド上にはないのだ。
そこで、家族4人の手書き文字を集めて「Family Font」化し、さまざまなデバイスで使えるようにした。実際にそのフォントでメールを打ってみると、家族のキャラクターが感じられて面白い。亡くなった家族の筆跡を手紙から採取したり、子どもの5歳のときの文字をフォント化し成長記録とするなどの、展開可能性もある。
最後は、もうひとりのライター鳥巣智行と、大学生の望月里穂による、Prototype for ゴキブリの苦手な妻と母。鳥巣の妻と望月の母はともにゴキブリが大の苦手。その課題を解決すべく、ゴキブリを捕獲するためのプロダクトを開発した。鳥巣の案は半球のプラスチックカップで捕獲する虫捕り網タイプのもの。望月の案は回転するブラシによってゴキブリをつぶさずに素早くキャッチできるようにしたもの。ともに、虫嫌いでも近づける120cm程度の長さがあり、捕獲した後には殺虫剤を噴射し確実に殺すことができる。身近な素材と簡単な構造でできているため、設計図を公開すれば誰でもつくれるオープンソースなプロダクトである。
紹介した5つのアイデアは、どれも個人的な想いからスタートしているために、生まれた時点でストーリーを内包したものになっていた。さらにプロトタイプしてみてわかったのは、それらはさまざまな展開可能性があるということだ。企業と組む、キャンペーン化、クラウドファンディング、オープンソース化などのやりかたで、この愛にあふれた「for 1」のプロトタイプを発展させていく予定だ。その進捗はForbes JAPANのウェブサイトで報告していくので、興味を持たれた方は、ぜひご連絡ください!
キリーロバ・ナージャ◎電通総研Bチーム所属。Sound of Honda /Ayrton Senna 1989で国内外の賞を100以上受賞。今年、コピーライターランキング世界1位。世界3大広告賞の審査員を務める。
鳥巣智行◎電通総研Bチーム所属。ソフトバンク「Pepper」の会話システムや、森永製菓「おかしな自由研究」の商品開発を行う。長崎原爆の記憶を継承する「NagasakiArchive」の制作など平和もテーマに活動中。