世界的危機の今こそ。東大大学院入学式式辞が問う「心の在り方」

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4月。だが新型コロナウイルス感染拡大の影響で、全国で入学式が見送られるなどの事態にもなっている。

米国の感染症に関する第一人者でありアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長としてHIV、エボラ出血熱、SARSなどの危機を体験してきたアンソニー・スティーヴン・ファウチ博士は3月、「アメリカ人の4分の1が命を落とす可能性がある、それもベストケース・シナリオ(最善の場合)でだ」とコメントし、4月2日には米紙ニューヨーク・タイムズがpodcast配信する「The Daily」で「これは公衆衛生を襲ったこれまでにない悪夢だ」と述べた。

この文字通りの世界的ショックのさなかで、また、「ポスト・コロナ」あるいは「with コロナ」ともいわれるこれからの世界でわれわれに必要とされるのは、一体どんな心の持ち様なのだろうか。

さかのぼること5年前、2015年の4月、東京大学大学院入学式で情報理工学系研究科長の坂井修一氏が以下のような式辞を述べている。今、耳を傾ければ、今回の世界的ショックのさなかに生きる我々にとっての、指針となるメッセージとも響く。許諾を得たため、その全文を転載する。


「解消しない不安や悩み」こそが重要


このたび、東京大学大学院に入学ならびに進学された皆さん、本日は本当におめでとうございます。また、皆さんを物心両面で支えてこられたご家族・関係者の方々におかれましても、このよき日をお迎えになったことを心よりお祝い申しあげます。

これから皆さんは、知の専門家として、さらなる一歩を踏み出すことになります。これまで学部や修士課程で得た学術的知識、培ってきた洞察力や新しい思考法などをさらに高度なものとし、やがて独自の知的生産を行っていくことになるわけです。

皆さんは今、希望に燃えているとともに、「はたして自分に何がどこまでできるのだろうか」という不安をかかえているのではないでしょうか。また、「将来希望する職業につけるだろうか」、「指導教員や研究室の人達とうまくやっていけるのだろうか」、「学生生活を長く続けることで家族や恋人に迷惑をかけるのではないか」、といった悩みをお持ちかもしれません。

私自身もそうでした。

私は、大多数の皆さんの2倍以上の年月を、すでに生きております。本学理学部を卒業し、修士課程・博士課程を工学系研究科で過ごし、学位を得てから29年、教育研究を職業として、どうにかやってきました。その私が大学院に入学するときに抱いていた不安や悩みのいくつかは、その後、大きく深くなりこそすれ、解消することはありませんでした。意外に思われるかもしれませんが、それこそが私自身の一番大切なことだったと思うのです。
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