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左:ドミニクチェン 早稲田大学文化構想学部准教授 右:木村昌史 ALL YOURS代表取締役

オールユアーズの木村昌史代表取締役の対談連載第3回。

現代における幸福とは何だろうか。「ウェルビーイング」の研究は、この難解で重要なテーマに向き合っている。近年ではビジネス領域においても、重要な指標として注目され始めた。

ウェルビーイングとは、一体どんな概念なのか。「新しいあたりまえ」を考えるうえで、なぜこの概念が必要になるのだろうか。どうしようもなくこのテーマに心惹かれたALL YOURS木村昌史は、そのヒントを得るために『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術』(ビー・エヌ・エヌ新社)の監修者ドミニク・チェンに話を訊いた。


ALL YOURSが追求する、“YOU”を起点にしたボトムアップのファッション

木村:ALL YOURSは、ちょっとした行動や心のありようを変化させて「新しいあたりまえ」をつくっていく人たちを応援するために、「スイッチスタンダードプロジェクト(Switch Standard Project)」を始めました。ここで語ろうとしている「心のありよう」とは、ウェルビーイングと深く関係している話だと感じています。

僕は昨年に、ドミニクさんと出会って初めて「ウェルビーイング」という言葉の本質的な意味を知りました。そこから「ALL YOURSがやるべきことは、広義のウェルビーイングなのでは?」と思うようになったりして、めちゃくちゃ影響を受けているんですよ。

ドミニク:ありがとうございます、そう言ってもらえると研究者として嬉しいですね。ウェルビーイングとは、身体的にも、精神的にも、そして社会的にも「よい状態」のこと。比較的新しい言葉なので、定義にはまだまだ揺らぎがありますが、「心身ともに満たされた状態≒ウェルビーイング」と捉えてもらえるとよいかな、と思っています。

木村:僕らのブランドでは、目まぐるしく変化する既存のアパレル業界のトレンドを追わない代わりに、普遍的で価値の変わらない服づくりを志しています。それはきっと、多様な人々の生活、ひいてはウェルビーイングに寄り添えるような服だと想像していて。ぜひドミニクさんと「ファッションとウェルビーイング」の関係について、お話してみたいと思っていました。

ドミニク:僕はファッションについてはあまり詳しくないのですが、木村さんは既存のアパレル業界について、どのような課題感を持たれているのでしょうか。

木村:これまでのアパレル業界のマーケットは、ピラミッド構造のトップダウン型でした。しかし昨今では、インターネットの普及によって、多様な価値観が可視化されてきています。要は「ひとつの物をみんなが欲しがる」といった時代じゃなくなってきた。

これからは、つくり手側が流行を打ち出していくようなトップダウン型ではなく、着る人たち側の支持がトレンドを生み出していくボトムアップ型のアプローチが大事なんじゃないかと。

ドミニク:それで言うと、ジーンズなどはまさにボトムアップで広まったファッションですよね。

木村:そうなんです。もとは鉱山で働く労働者たちのために考案された頑丈な作業用パンツですが、当時の大衆のライフスタイルの中で「これいいね」と根強い支持を得て、広がっていった。僕らも、そうありたいんですよね。みんなが「これいいね」と言ってくれる服をつくって、会社としてもよくなっていきたいし、願わくば社会をよくしていきたい。

「ALL YOURS」というブランド名には、そんな願いを込めているんです。主人公は僕らじゃなくて、僕らの服を着てくれる“貴方たち一人ひとり”であると。だから、ブランドステッカーやお店の暖簾(のれん)も、常に「YOU」の文字がセンターになるようにしているです。

ALL YOURSの服に触れて、考え方が変わる。ひとりが変わると、その人の行動によって、周りの他者が変わっていく。その積み重ねが、世界を変えていくんじゃないかなと思っていています。

ファッションは人の自律性とウェルビーイングに作用し得る


木村:僕らは創業当初から「あたりまえをあたりまえにしない」を合言葉に、従来のファッションの常識に囚われない、日常に溶けるような実用品としての服をつくり続けてきました。その中で大事に守ってきたのは、“余白”をつくることです。

だから僕らは、自分たちのつくった服の用途を指定しません。ユーザーの一人ひとりの解釈の自由を尊重して、自分に合った多様な着方を開拓してほしいなと思っているんです。

ドミニク:「どう着るのかはあなた次第です」とユーザーに解釈の余白を与え、問いを投げかけていると。これはウェルビーイングの文脈で、ユーザーの「自律性」に働きかけていると言えますね。

木村:自律性、ですか?

ドミニク:自律性とは言葉の通り「自分で律する姿勢」を指します。すごくシンプルに言えば「自分で自分のルールを決める」ということ。心理学の研究では、人間は自らが判断できる余白、すなわち自律性が担保されないと、ウェルビーイングが下がってしまうことが徐々に明らかになっています。これは家庭における親子関係、学校における教師や生徒の関係、企業における上司や部下の関係など、さまざまな環境で当てはまる重要な指標です。

自律性が圧迫されている従業員は、心理的なウェルビーイングが下がる。それに比例してパフォーマンスの精度も落ち、ひいては会社全体の生産性も低下していく……こうした相関がさまざまな調査で明示されつつあり、それゆえに昨今では、ビジネスの世界でウェルビーイングが注目され始めています。

木村:なるほど。
 


ドミニク:では、どうしたらウェルビーイングを高めることができるか。従来は「ポジティブな感情を増やして、ネガティブな感情を減らす」ことが、その近道だと信じられてきました。それが最近の研究で「ポジティブとネガティブの両方を体験している人のほうが、長期的に見てウェルビーイングが高くなっている」ことが判明してきたんです。おそらくこれは「レジリエンス」とも関係があります。

木村:レジリエンスは、たしか「回復力・弾力性」といった意味を持つ言葉でしたね。

ドミニク:そうです。悪い感情や状態を経験しておくことで、そこから良い状態にどう向かっていくか、自分の中でパスが生まれる。すると、次に何か悪いことが起きたときに、その状況やストレスに潰されることなく、回復に向かうことができます。

つまり「悪いこと、どうしようもないこと」を取り込まないと、真の意味での自律性が高めていけないんです。ウェルビーイングも西洋的な合理主義の発想では「すべてを自律性でコントロールしていくべきだ」となりがちだけど、そもそもコントロールできないことが世の中にたくさんある。それを「しょうがないよね、波打つものだよね」と受け入れる東洋的でしなやかな発想のウェルビーイングが、これから重要になってくると思います。

木村:大きな流れや調子の波を受け入れつつ、自らも柔軟に変わっていくような在り方が大事だと。

ドミニク:その通りです。自律性は「変わり続けること」にも大きく作用します。自分で自分のルールをつくり変えていければ、変化し続ける環境下でも、自らの成長を長期的にドライブさせ続けられる。つまりウェルビーイングは、個体や組織の持続可能性にも接続してきます。ALL YOURSがユーザーの自律性に働きかけ、ウェルビーイングに寄与するならば、それは間接的に社会のサステナビリティの向上に繋がるかもしれませんね。

「消費者」からの有機的なSwitchを目指して


木村:今回立ち上げたスイッチスタンダードプロジェクトも、個人の小さい範囲での行動が自律的に変わっていってくれたら……という願いを込めているんです。たとえば、僕らがつくっているハイキックジーンズはすごく股上が深くて、めちゃくちゃ動きやすい。その動きの余白が、思考の余白を生み出すと思っていて。

ドミニク:服が身体の動きやすさに作用することで、制限がなくなり、思考に余裕が生まれて、そこから行動が変わり得ると。

木村:その行動の選択肢の広がりが、一人ひとりのウェルビーイングに繋がるはずだと信じてやっているんです。

僕らは服を、単なる消費財として扱いたくない。日本では毎年、およそ40億着の新品の服が流通しています。1人あたり年間で40着ほど買わないと、帳尻が合いません。残りはほとんど廃棄される。全然サステナブルじゃないサイクルが、当然のように回り続けている。そこに疑問を持つ人たちのためにも、僕らは丈夫で長く着続けられる服を、ファッションの新しい「あたりまえ」の形として、提供し続けていきたいんです。

ドミニク:おそらく「40億着の服を好きにつくって好きに廃棄するのは当たり前だろ」という考え方は、「消費者」的なマインドなんですよね。資本主義経済の中で経済成長を優先すれば、大量生産・大量消費はある種の正義を帯びます。

わたしたちはそこから抜け出すために、やはり「消費者」に置き換わる新しい人間像の名付けを、形にしていかなければなりませんね。言葉は時に、私たちの行動を変える指針となりますから。

木村:その感覚、とてもよくわかります。スイッチスタンダードプロジェクトで、ChangeではなくSwitchという言葉を使ったのも、やさしいニュアンスを持たせようと思ったからなんです。「Game Changer」みたいな言い方だと、やっぱり「俺が思ったように変えてやる」という感じの強引さが出るじゃないですか。そうじゃなくて、もっと穏やかな変わり方ってあるはずで。

ドミニク:Switchと聞いて、ONとOFFを自由に行き来できるようなイメージを抱きました。ALL YOURSの服を着る人たちにとっての、有機的かつ緩やかな変化につながると良いですね。「10年経って気づいたら変わっていた!」みたいな。それだと、押しつけがましくないし、息苦しくなさそうです。

木村:押し付けにならない余白をユーザーに届けて、彼ら自身にそこで遊んでもらうことで、各々の“あたりまえ”を拡張していってほしい……それこそが、スイッチスタンダードプロジェクトの目指すところです。

先の見えなさを余白として僕ら自身も楽しみつつ、お客さんたちも巻き込んで一緒に「新しいあたりまえ」を紡いでいく。そうすることで、僕らだけでは想像できないような、よりウェルビーイングでハッピーな未来に向かっていけたらなと思います。ドミニクさん、ありがとうございました!

 
「スイッチスタンダードプロジェクト(Switch Standard Project)」の詳細はこちら
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ドミニク・チェン監修『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術』(ビー・エヌ・エヌ新社)詳しくはこちら

Promoted by オールユアーズ / 編集=モリジュンヤ(inquire) / 文=西山 武志(story/writer) / 写真=小田駿一

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