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感染症の専門家から見た新型コロナウイルスのいま


あるのは「ロックダウンのタイミングはどこか」という議論だけ


そもそもロックダウンは目的ではなく手段に過ぎない。「感染経路の遮断」という手段である。感染症の伝播には感染経路が必須である。感染経路を遮断すれば感染症の流行は止まる。これはパスツールの時代からの「真理」といってよいもので、ユニバーサルな原理である。その、感染経路の遮断方法の一亜型が「ロックダウン」なのである。現在、東京都知事が要請している「不要不急の外出の自粛」要請も感染経路遮断を目指した要請だ。要するに、現在都知事が言っていることの延長線上にロックダウンがあり、両者の違いは「程度問題」に過ぎない。

東京 ロックダウン
Getty Images

よく誤解されているので、ここでもう一度確認したいが、私は「ロックダウン派」ではない。そもそも、そのような派閥は感染症対策の議論では存在すべきではない。私は「感染症の流行が収まり、問題がなくなる」ことを一意的な目標とする一元論者(ジェネシャリスト)であり、感染対策において「マスクか、否か」「ワクチンか、反ワクチンか」「抗菌薬を出すか、出さないか」「検査をするか、しないか」といった二元論的命題はすべて「ナンセンスで議論に値しない」命題である。感染症のプロに「あなたは抗菌薬を出す派ですか、出さない派ですか」と聞いたら怪訝な顔をして「この人はなにを問いたいのだろう」と首を傾げることだろう。そのような二元論は存在しない。してはならない。それをさせるのはイデオロギーであり、サイエンスではない。

ロックダウンか、否かといった二元論もナンセンスである。あるのは「ロックダウンをすべきタイミングはどこか」という議論だけである。

「オーバーシュートが起きたとき」では遅すぎる


では、ロックダウンすべきタイミングはどこか。それは、COVID-19のオーバーシュートが起きたとき、という回答は不正解だ。それでは遅すぎる。

ロックダウンは副作用が大きいため、平時の、感染規模が小さいときに行うのは悪手である。これは誰にでも分かる。

空の星の光は、実は何年も前に放たれた光である。同様に、本日PCRで何例COVID-19が見つかった、というのは10日とか14日前に起きた感染を観察しているに過ぎない。

もし、感染の爆発的、指数関数的増大が観察されたとき(オーバーシュート)、それは10日とかそれ以前に起きた現象の観察だ。よって、「そこから」対策を始めても、もう手遅れなのである。「今はまだ持ちこたえている」「感染の爆発的増加はまだ起きていない」という見解が意味を成さないのはそのためだ。

東京都では毎日感染者数の増加が見られている。検査数が極端に少なかった日曜などの例外を除けば、3月23日あたりからずっとそうだ。これが偶然的なクラスターの重なりと考えるのは不適切で、増加していくトレンドと捉えるのが正しい。

現状の日本の対策はクラスターを察知して、追いかけて、クラスターを封じ込めるやり方だ。いわば、起きた感染症を後ろから追いかけて捕まえようというのである。先を行く相手に追いつくのは難儀だが、やってできないことでもない。現に日本ではずっとそうやって追いかけて、追いついてきた。

が、東京ではそれが追いつけなくなっている。そして、ある日、1日で数千人という感染者が検出されるようになったらもう追いかける相手ははるか先を行き過ぎていて、とても手が届かないところに行ってしまっている。

文=岩田健太郎(自身のブログより)

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