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Forbes JAPAN Web編集部


水が媒介するコレラはインドから世界へ流行


コレラの最初の大流行は1817年インドのベンガル地方で起こった。コレラ菌に汚染された水が媒介物だった。汚染された生活用水、主に飲み水が腸内に入り細菌が増殖し、吐き気や下痢の症状から体内の水分や塩分が失われる。時代は貿易や移民の拡大、交通手段の発達など、近代化へと進む真っ只中。インドを訪れた船乗りや商人によってコレラ菌は世界各地に広まった。

その後、1854年にはイギリスで流行した。イギリス人医師スノーは、イギリスでのコレラの流行源が一般家庭向けの給水ポンプであることを明らかにした。この発見により、衛生管理及び水質管理が見直された欧州と北米ではコレラの流行が収まった。

特徴的なのは、移動の自由度が高くなったため世界中に蔓延したということだ。一方でこの病気の流行により、パリでは「公衆衛生法」が成立し、欧州各国で下水の整備が為されるなど人々の衛生観念を大きく進歩させた契機となったとも言える。


イエメンで2019年9月、コレラのエピデミック(流行)を防ぐためワクチンを接種される子ども。現代も感染が確認されている (Getty Images)

戦死者より多い死者を出したスペイン風邪


1918年に流行が始まり、1920年に収束したスペイン風邪はインフルエンザの一種だ。インフルエンザウイルスは人間が免疫をもっていない形態にすばやく変身する。そのため約30年に一度のペースで誰も免疫をもっていないウイルス形態が発生し、大流行が起こるのだ。

当時は第一次世界大戦の真っ只中。各国の人々が入り混じる戦時下で、感染は瞬く間に世界中に広がった。大戦での戦死者が1500万人なのに対し、スペイン風邪による死者は2000万人以上にのぼったとも言われている。

スペイン風邪の収束には徹底した対策の義務付けが功を奏した。特に米ミズーリ州セントルイス市の対策は、新型コロナウイルスの対策を講じる上でも学ぶべき点が多いと注目が集まっている。学校閉鎖など人が密集する場を設けることを禁じ、患者には隔離措置を施した。その結果、感染率は30〜50%低下し、1週間の人口10万人あたりの死亡者数も最小だった。

しかし死亡率の低下を受けて集会などの制限を解除した途端に、新たな集団感染が始まったことも特筆すべきだろう。対策は徹底的に、継続しなくては意味がない。

「意識」が局面を決定づける時代か


どの感染症も感染の原因や有効な対処法が見つかるまでにかなりの時間を有することが分かる。ペストに関しては約500年もの間、原因が分からなかった。しかし現在では、医療や科学の発達により感染経路の特定や予防策の提案がされるまでのスパンが短くなっている。

一方で、これまでも完全に駆逐されたウイルスはほとんどないことから、21世紀現在でも人類は常に感染症と隣り合わせで生きていることがわかる。新型コロナウイルスが「第二次世界大戦以来最大の試練」として認識されるようになったのは、爆発的な感染スピードと世界中でほぼ同時に感染が拡大したことが要因だろう。

実態の分からない新型のウイルスであることや、感染拡大のスピードに追いつけずにいることなど、混乱をきたす要素が多いことは事実だ。しかし、いま一度冷静になり、過去の感染症を振り返れば学べることも多い。医療や科学が発達し、さまざまな予防の術が提示されている現代においては、我々の感染症への「意識」こそが、感染拡大を防ぐために重要な鍵となるだろう。

文=河村優

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