「治す」がゴールじゃない医療もある。患者が幸せになるテクノロジーの使い方

アイリス株式会社代表取締役社長・医師の沖山翔氏


昔から、医師と患者の意識には大きなズレがあると言われています。医師は大学で医学を学ぶので、思考がサイエンスベースになっており、彼らの意識は学問としての医学に寄りがちです。

しかし、患者が求めているのは学問としての医学ではなく、悩みや不安を取り除いてくれる医療です。この両者のギャップを埋めるためには、医師が患者に対してきちんと向き合うことが重要です。

幸せに生きられるようサポートすることが、本質的な医療


医療 ABEJA

技術者や研究者は、どうしても医療というと「病気を治すものだ」と思いがちなので、主に開発されているのは病気を治すためのAIです。しかし、患者の生き方をサポートしたり、患者の幸福感を増すことを目的とした医療AIはまだまだ関心が低いのが現状です。

医療と医学のギャップを示す印象的な動画(=下)があるのでご紹介します。



グラフィックデザイナーだったエマは29歳の時、若年性パーキンソン病にかかり、手が震えて直線や自分の氏名を書けなくなりました。そのせいで仕事を辞め、人生に絶望しました。そんな彼女のために、エンジニアがAI技術を使ったウェアラブルデバイスを開発したのです。

手首に装着して、手の震えるタイミングと方向を感知して動いた瞬間に逆方向に振動させて震えをキャンセルするというシステムです。どのタイミングでどれくらいの振動をかけたら震えが止まるか、というところに機械学習の技術を応用しています。その結果、彼女は再び線をまっ直ぐに引けて、自分の名前も書けるようになり、涙を流して喜びました。

この動画を初めて見た時、すごく衝撃を受けました。このデバイスは、サイエンスの医学から見たら、彼女のパーキンソン病を全く治しておらず、ただ症状を取っているだけです。しかし、このAI技術を搭載したデバイスは彼女にものすごい喜びと希望を与えている。

病気を治すだけが医療ではないし、AIも根本治療だけを目的としたテクノロジーではない。医療の課題は一つひとつがものすごく深いので、それときちんと向き合い、どのように医療的な価値を生み出すかを考えていけば、患者のためにできることは無限にあるはずです。

私たちは病気ごとに疾患を診断するAIを開発していますが、世の中の疾患すべてを自分たちだけでカバーできるなんて思っていません。ですから、私と同じような考え方をもつ仲間を増やし、一人でも多くの患者さんの幸せに寄与したいと思っています。



医療 ABEJA

沖山翔(おきやま・しょう)◎アイリス株式会社代表取締役社長・医師。東京大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター(救命救急)での勤務を経て、ドクターヘリ添乗医、災害派遣医療チームDMAT隊員として救急医療に従事。2015年、株式会社メドレーでオンライン医療事典「MEDLEY(メドレー)」の立ち上げや、AI技術を用いた「症状チェッカー」等を開発。2017年 アイリス株式会社を創業。AI医療機器の研究開発に取り組む。

ABEJAは2019年春から「ABEJAコロキアム」を始めました。識者や実務家を講師に招き、記者や編集者たちが社会とテクノロジーの交差点にあるテーマを議論する「学びの場」です。第3回(2019年10月25日)のテーマは「すすむ医療のAI化、社会システムをどう再定義する?」。本記事はその模様を編集しています。

本記事はAIの社会実装を手がけるABEJAによるオウンドメディア「Torus(トーラス)by ABEJA」からの転載です。

取材・文=山下久猛 編集=川崎絵美

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