恩師への取材や両親の話から、発達障害があるのではないか、との印象を持った。発達障害への無理解で誤認逮捕される冤罪事件は現実に起きている。裁判で一切検証されていない。そこにかすかな可能性があった。
問題は、刑務所の中にいて取材ができない西山さんの障害を、どう立証するかだった。途方に暮れていたとき、私と同期入社で中日新聞の記者から精神科医に転身した小出将則医師(58)に連絡すると「すぐに手紙を見たい」とのこと。手紙のコピーを見せると、誤字の特徴から「発達障害だけではない。軽度だが知的障害がある」と言下に指摘した。大きな転機だった。
再審無罪となった日、絵手紙講師の支援者が書いたイラストと、花束を抱える西山美香さん(右)Forbes JAPAN編集部撮影
「障害が気づかれにくいグレーゾーンの人」
「個」のつながりは広がる。弁護団長の井戸謙一弁護士の協力で和歌山刑務所での鑑定が正式にセッティングされた。和歌山に向かう特急列車には、私と角記者、井戸さん、小出さん、さらに彼のつてで臨床心理士の女性が同行してくれた。2人とも、ボランティアでの協力だった。
予想どおりの鑑定結果に、誰もがこの事件が投げかける深刻さを思わずにはいられなかった。帰りの電車内で、小出医師はアクリル板越しに会話を交わした西山さんの印象を語った。
「彼女は外見や日常生活では障害が気づかれにくいグレーゾーンの人。似た人は実は世の中にたくさんいる。本人も気づかず、周囲にも気づかれにくいだけに、コミュニケーションに失敗し、誤解され、苦しんでいる。自分の病院に来る患者さんの多くがそうだ。気づいていないだけで、自分たちの周りにもたくさんいる。だからこそ、この冤罪は絶対に解かなくてはいけない」
臨床心理士の女性がこう話した。
「小学校高学年くらいの子を持つお母さんが『うちの子がうそをついた』って深刻な顔で相談してくることがあるんです。そういうお母さんに、私はよく言うんです。『お母さん、子どもは、困ったときにつじつまの合わないうそを後先考えずに言ってしまうことなんて、普通のことですよ』って」
私が「西山さんが、やってもいないことを『やった』と言ってしまったことも…」と言いかけたところで、彼女が「あり得ると思います」と答えた。
小出医師は「医者と弁護士とジャーナリストが力を合わせれば、できると思う。いや、これは絶対にやらなくちゃいけない。そう思う」と力を込めた。
それから、およそ1カ月。「私は殺ろしていません」。彼女の障害の特徴でもある字余りの「ろ」を残す見出しで、角記者の署名記事を掲載。報道から7カ月後の17年末、大阪高裁は実に8度目となる裁判で、初めて、自然死の可能性と自白が誘導された疑いを認め、再審開始を決定した。
冤罪を解くために、裁判官も「個」が問われ、そのつながりが求められることは、記者と同じなのではないだろうか。裁判長と2人の陪席の中で、1人でも消極的になれば、再審開始決定という、とてつもなく困難な挑戦に向き合うことはできなかっただろう。