「私は殺ろしていません」獄中から無実を叫ぶ350通の手紙から|#供述弱者を知る

新連載「#供述弱者を知る」サムネイルデザイン=高田尚弥


沈黙を破った村木厚子さんの証言


郵便不正事件(09年)で冤罪の被害に遭った厚生労働省元次官の村木厚子さん(64)は、事件についての取材を断り続けていたが、「障害のある方が被害者になったと聞かされたので」と特別にインタビューに応じ、同事件で見たまま、感じたままを語ってくれた。

同事件では、検察によって証拠のフロッピーディスクが不正に改ざんされたことがクローズアップされた。多くの人にはそのイメージが強烈だ。だが、むしろ問題は供述調書の作り方にあった。逮捕された同省係長の供述調書に村木さんは驚いたという。

「私と係長との会話がとてもリアルで、『ちょっと大変な案件だけどよろしくね』とか、『決裁なんかいいから早く作りなさい』とか、『ありがとう。あなたはこのことを忘れてください』とか、いっぱい書いてあるんです」

耳を疑ったのは、その後、村木さんが言ったことだ。

「裁判が終わってから、私と彼(係長)は1度だけ会いました。会ってお互いが、こう言ったんです。『私たち口をきいたことありませんよね』『僕たち口をきいたことありませんよね』って。『おはよう』『こんにちは』すら言ったことがなかったことを、お互いが確認したかったんです」

言葉を交わしたことのない2人の会話が供述調書になる。そんなことがなぜ起きるのか。係長は、証明書の偽造は独断だったと何度訴えても検事が全く耳を貸さず、長期間の勾留で眠れなくなり、絶望的な心理状態で調書にサインしてしまった、と涙ながらに村木さんに語った、という。

係長だけではない。同僚たちも、村木さんが関与した、という調書に次々に署名させられていった。「社会経験のある人たちでさえ、そうなんです」(村木さん)。供述弱者だけが冤罪の被害者になるのではなく、誰もが「供述弱者」にされてしまうシステムを、この事件は露見させた。

連載でこれらのことを記事にすると、多くの知人たちから「あれって本当なの?」と聞かれ、誰もが「恐ろしいね」と押し黙る。その災いが自分や家族の身に降りかかって来ないことを祈るのみ。この国の人々は、本来は自分を守るべき司法がある日突然、空恐ろしい災いになるリスクの中で生きている。

無罪が確定し、厚労省に復帰した村木さんは、検察改革などに関係する法務省の委員を務め、その際に複数の元検事総長に会い、「ありがとう」と言われたという。
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文=秦融

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