当事者がもとめる「施策」とは何か
実際にライブハウスやプロモーターで働く人々の声はどうだろうか。今回ライブハウス2ヶ所、プロモーター4社にメール取材を依頼、そのうち2社が匿名で回答してくれた。
全国にライブハウスを展開するA社で、経理スタッフとしてチケットの払い戻しなどの手続きも担当するOさんは、「恩恵はあるが、業界全体を考えると弱い」と語る。
「うちの会社はプレイガイドと店頭で前売りをしているので助かります。ですが、手放しでは喜べないというのも本音です。というのも、一般的なルールでは、寄付金は不課税になるからです。今回はイレギュラーな対応となる可能性もあり、実際どんな経理処理になるかはわからないのでまだ何とも言えませんが、場合によっては現場、デスクともに業務の負担が増える可能性があります」
出典:ZAIKOホームページ
近年普及が拡大している電子チケットを扱うZAIKO株式会社のCOOであるローレン・ローズ・コーカーさんは、イベント事業者とファンの間に入るプレイガイドの立場として、自社システムとこの対策案の内容が噛み合わないことに戸惑いを見せる。
「ZAIKOでは、クレジットカードまたはペイパルでチケットをご購入いただくと、イベントがキャンセルになった場合、自動的に払い戻しを行います。チケットの払い戻しという手続きがコンビニ決済以外はそもそも少ないため、お客様が寄付として主催者にチケット代を渡すことが難しいです」
また、クラブやライブハウス、劇場のなかには、プレイガイドを使わない小規模な店も多く、そもそも前売を行わないパターンについては、この施策は無効なものとなってしまう。
他方、海外アーティストの招へいや、音楽フェスティバルの制作を行うプロモーターB社でディレクターを務めるSさんは、ファンに負債を肩代わりさせるこの対策案の構造に疑問を抱いている。
「あってないような施策」
「事業者である我々は国への補償や助成金を求めているのであって、ファンの方々に肩代わりをさせたいわけではありません。寄付額が後々全額還元されるというのであれば多少の意味を持つかもしれませんが、チケット1枚数千円の所得税の軽減、それも自ら申告した場合のみというのは、実際はあってないような施策ではないでしょうか。
この数ヶ月、アーティストやプロモーターは曖昧な『自粛』要請によって、すでに多くの公演を中止または延期しています。そこには、開催の発表に至る前段階にあったプロジェクトも多く存在します。表に出ることなく中止=損害となったイベント数は数え切れません。そういった事情と対峙しながら、事業者は今、窮地にいます。
すでに中止を決定し、実損を被ったイベントはとっくに払い戻しの期間を終えています。そのため、この先にこの支援策の対象となるイベントがどれほどあるのかも疑問です。この自粛ムードの中では、新たな大規模イベントは開催を発表する事自体が難しい状況だからです。
言葉を操って、打ち出したように見せただけの策ではなく、損失額の穴埋めや資金繰りに利用できる施策に期待したいです」
理論上ではファンと事業者win-winの関係で機能する目論見の対策案だが、現場の人々の見立てを聞く限りでは、現状に即さない素通り対策となってしまう可能性もありそうだ。
現時点で、日本では現金給付や消費税減税など、国民全体への支援措置は行われていない。そんな中、行政から「感染リスクが高い」として名指しの自粛対象となったライブハウスやナイトクラブ、バーの仕事に従事する人々、そしてそこでイベントを行う事業者たちは、失業、廃業が鼻先まで迫りながらも、何の補償も約束されていない、まさに窮状にいる。
そして同時に、彼らは自分たちが育んできた「場所」がクラスターとなる悪夢も望んでいない。人々が正しい行動を取れるよう、正しく有効な経済対策が必要だ。