それは科学とアートの入り口。微小重力がもたらす新しい景色

左:JAXA きぼう利用センター長の小川志保/右:アーティスト・研究者の福原志保


福原:まさに故人のDNAを保存した木をラボから出していいのかという問題もあって、これまで実現はできませんでした。ただそれですぐには形にならなくても、その概念を提案する会社、バイオプレゼンス Ltd.を作ったんです。そもそもこの『バイオプレゼンス』は、自分を表現するためのプロジェクトではありません。『バイオプレゼンス』の対象は、あくまで人。このプロジェクトを通じて、人それぞれの価値観や人生観を見つめたかったんです。宗教観もすごく表れます。「これは輪廻転生だね」という人もいれば、「神への冒涜だ」と言って怒る人もいます。国によっても反応が全然違うんです。

小川:まだ現実になくても、すでに人の観念や情念が宿っている。『バイオプレゼンス』はサイエンスアートとも言えそうです。

福原:約15年前に初めて『バイオプレゼンス』を構想したのですが、「夫婦で一緒の木になりたい。できますか?」など、いまだに問い合わせがきます。現実に形にできていない理由として、倫理的な問題のほかにも費用の問題もありました。DNAの移植自体の解析にかかる費用がとても高額だったんです。ところがこの15年の間に解析技術が進歩、普及したことで、現在は当時の100分の1程度にコストダウン。また私とバイオプレゼンスLtd.を立ち上げたゲオアグ・トレメルが、遺伝子組換えの知識と技術を身につけるために、約10年前に早稲田大学理工学院の岩崎秀雄研究室のドアを叩き、遺伝子組換えの技術などを教わってきました。こうして費用も格段に安くなり、自分たちで移植の作業ができるようになったので、今後『バイオプレゼンス』のサービスを現実のものにする日も近いかもしれません。

小川:『バイオプレゼンス』は、生命に対するひとつの哲学だと思いました。

福原:亡くなった祖母の木のある家があるかもしれない。近所の公園に出かけたら、木を抱きしめながら木に話しかけている人がいるかもしれない。その公園が本当のメモリアルパークになる日がくるかもしれない。50年後、100年後、墓石にお花を供える風景と同じように、人が木を抱きしめる風景が普遍的なものになっているかもしれない。このように死の概念を問うことができるのも、私はアートの役割だと思います。

みんなのナレッジ(知識)にしていくために


小川:日本にとって、有人宇宙活動が夢だった時代から30年。今では宇宙に日本人宇宙飛行士が滞在していることが当たり前になりました。昨年、ISSに「きぼう」が完成して10年が経ったんです。まだ10年、もう10年。どちらの実感もありますが、微小重力という宇宙に我々の活動舞台ができて、そこでなにができるのか。さまざまな実験や研究を通じて俯瞰して見つめてきた10年、という感覚があります。

福原:「きぼう」に携わるJAXAの職員の方はどのぐらいいらっしゃるんですか?

小川:我々だけだと200人ぐらいですね。そして、「きぼう」を利用する研究者、民間企業の方々を含めると数千人規模になると思います。

福原:それだけの数の方が取り組まれている実験や研究を、宇宙では宇宙飛行士に託す。そう考えると、宇宙飛行士の皆さんのコミュニケーション力や理解力というのもまた、すごいなって思いますね。
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取材・文=水島七恵 写真=森本菜穂子

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