それは科学とアートの入り口。微小重力がもたらす新しい景色

左:JAXA きぼう利用センター長の小川志保/右:アーティスト・研究者の福原志保


福原:それはやはり重力が関係してくるんですよね。

小川:はい、微小重力下だと胚盤のある黄身の部分が卵の中央に留まってしまいます。そうすると、胚盤と卵殻が結合できず、発生の初期で重要な栄養源を卵殻から得ることができなくなってしまいます。だから宇宙では、初期の卵の場合、静置しておくだけでは孵化しない。重力を意図的に与えるなどして動かさないと孵化しないということなんですね。

福原:では、人間も宇宙で妊娠したら、くるくる動かさないといけなくなると(笑)。

小川:鳥類と哺乳類とでは、いろいろ状況が変わると思います(笑)。哺乳類といえば「きぼう」日本実験棟で、オスのマウスを35日間長期飼育したのですが、その間マウスの生殖器官や精子受精能力には異常は見られず、全匹生還させ、地上で生まれた次世代マウスへの影響も確認されなかったんですよ。



福原:哺乳類が宇宙で繁殖したらどうなるのでしょう。3世代、4世代、5世代になるにつれ、遺伝子レベルで変化があるのか、または変化がないのか。気になります。

小川:メダカは宇宙で長期飼育したあと地上に戻した後も無事に繁殖しているのですが、哺乳類の繁殖までは至っていないですね。マウスも雄しかまだ宇宙には送っていないですし。現状は雄のマウスを個別飼いして、行動観察をするというステップを踏んでいます。そして微小重力下で骨や筋肉、あるいは免疫レベルでどのような変化があるのか。加齢のメカニズムの一端を解明する研究が行われています。ですが、ゆくゆくはマウスを宇宙で繁殖をして、遺伝子学上の研究をしたいという要望はあるんです。

福原:とすると、それが人間の場合、私が宇宙で子供を出産し、そして私の子供が大人になって、母親である私と同じ環境で妊娠、出産を宇宙でしなくてはならないわけですから、それは大実験になりますね。

小川:大実験であり究極でもありますね。人間が宇宙で機能を失わず、あるいは環境に適応して世代交代していくのを調べるということは。なぜならそれは「人類は宇宙で暮らすことができるのか?」といった疑問に対する答えになるからです。

故人のDNAを宿した樹木で生きた墓標をつくる


福原:先ほど遺伝子の話が出ましたが、私の今の原点とも言えるプロジェクトに、故人から採取したDNAを、樹木の遺伝子内に保存するという『バイオプレゼンス』というものがあります。例えばその樹木を公園に植樹すれば、遺族や友人がその公園を訪れたときに、故人のDNAを宿した樹木に対面できる。要するに『バイオプレゼンス』とは、遺伝子組換えの技術を活用して、家族のあり方、死者との関係の持ち方を変える、いわば「生きた墓標をつくる」というプロジェクトなんです。

小川:すごいですね、そのような発想は私にはまったくありません(笑)。ものの見方を変える。まさにアートですが、人のDNAを、樹木の遺伝子内に保存するというその手法は科学ですね。

福原:はい、科学者と組むことによって、この『バイオプレゼンス』が技術的に実現可能なことがわかったのですが、まだ現実にはできていないんです。



小川:遺伝子組換えなど、倫理的な問題がありますよね。でもその問題定義も含めたプロジェクトだということが、アートならではとも思いました。
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取材・文=水島七恵 写真=森本菜穂子

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