経済・社会

2020.03.31 20:30

滋賀の人工呼吸器外し殺人事件、再審で無罪判決。浮き彫りになった「供述弱者」とは

3月31日、無罪判決直後、大津地裁前で支援者と報道陣に挨拶をする西山美香さん

3月31日、無罪判決直後、大津地裁前で支援者と報道陣に挨拶をする西山美香さん

「みかちゃんおめでとう」。再審判決公判後、潔白が証明された彼女が現れると、支援者から声が上がった。

かつて看護助手だった西山美香さん(40)だ。2004年に滋賀県東近江市の湖東記念病院で、男性患者の人工呼吸器のチューブを外して殺害したとして逮捕された。逮捕当時、24歳。この「殺人事件」で有罪が確定し、西山さんは約12年間服役した後、2017年8月に満期出所した。

獄中から無実の訴えをしてきたが、地裁、高裁、最高裁、ともに再審請求を含め、7度もの裁判で退けられてきた。

「自白の任意性や信用性に重大な疑いがある」


裁判をやり直す再審の判決公判が3月31日、大津地裁(大西直樹裁判長)であり、無罪判決が言い渡された。この判決は、男性患者の死因が自然死である可能性が高いと認定し、「自白の任意性や信用性に重大な疑いがある」として、西山さんが無実であったことを明らかにした。

弁護団によると、捜査の取り調べにおいて「人権侵害があり、違法・不当な捜査が行われた結果、『患者のチューブを外した』と虚偽の供述が誘発されたと認めたもの」と高く評価した。

裁判長も涙。「自分自身を大切に生きて」


さらにこの判決は司法関係者から「歴史的」とも評された。西山さんに虚偽の自白を強要した捜査のあり方を厳しく断罪し、裁判所が西山さんの無実の訴えに耳を傾けてこなかったことを「反省」するとともに「冤罪を生まないための刑事司法改革の必要性」についても言及されたためだ。

大西裁判長は判決言い渡し後、「西山さんが逮捕され、今日に至るまでの15年という歳月を無駄にせず、刑事司法を改革していく原動力にしていかねばならない」と語った。最後には、西山さんの顔を見て涙ぐみながら、こう語りかけたという。

「家族や弁護人、獄友(ごくとも)と貴重な財産を手にした西山さんに、もう嘘は必要ない。自分自身を大切にして生きていってほしい」


弁護団長の井土弁護士(右)が無罪を報告する際、西山さんは感極まって涙をぬぐう場面があった

虚偽の自白を誘発「供述弱者」とは


この事件は、「供述弱者」という耳慣れない存在を浮き彫りにした。厳しい事件の取り調べの状況から逃れようと、捜査当局の筋書きに容易に迎合してしまう傾向にある人たちだ。発達障害や知的障害のある人や少年少女、外国人などが当てはまるとして、日本弁護士連合会は、冤罪防止のため弁護人の求めがあれば原則として取り調べの可視化(全過程の録画・録画)などを政府に求めてきた。

実際、西山さんは獄中での精神鑑定によって、軽度の知的障害と発達障害があることが分かった。厳しい取り調べの中で、ひとりの刑事に恋心を寄せ、刑事に言われるがままに虚偽の自白を誘発されたのだ。

4月から新連載「#供述弱者を知る」を開始


この冤罪事件は、ある記者の気づきが端緒となり、徐々に明らかになっていった。

中日新聞の大型コラム「ニュースを追う」で、この事件の真相を追う「呼吸器事件取材班」が立ち上がり、2017年からこれまで、独自の調査報道を続けてきた。なぜ、無実の女性が殺人事件の主人公となってしまったのか。

そして調査報道によって明らかになった、「供述弱者」という存在とは──。取材班の指揮をとってきた、中日新聞の秦融編集委員がこれまでの取材過程を再構成し、4月からForbes JAPAN Webで新連載「#供述弱者を知る」をお届けする。

西山さんインタビュー記事はこちら>無実の罪で12年服役。西山美香さんが取材で語った「やってみたいこと」

文、写真=督あかり

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