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感染症の専門家から見た新型コロナウイルスのいま


西浦博先生は日本で数少ない感染症数理モデルのプロであり、その能力が傑出しているのは関係諸氏の知るところだ。しかし、多くの人達が数理モデルそのものを理解していないこともあって(ぼくも数理モデルのプロではないので、その知見のすべてを把握しているとは言えないと白状せねばならない)、彼の知見やコメントは神格化されやすい。数理モデルの中身が多くの人には完全にブラックボックスなために、まるで神社のおみくじのような神託が出てくるように見えてしまうのだ。日本の感染対策のポリシーの多くが西浦理論に依存している。それで概ね間違いはないのだが、日本あるあるの問題として、プランAが破綻したときのプランBがないことにある。西浦先生は優れた学者である。神ではない。故に間違える可能性とそのプランBを持っている必要がある。無謬主義に陥りやすい官僚や政治家が科学を神託と勘違いしないか、大いに心配である。反証可能性が担保されてこそ科学は科学的でありつづけることができるのだ。

数理モデルは演繹法の活用産物である。演繹法は帰納法やアブダクションで補完するのが、学問の基本であり、臨床医学の常識である。演繹法的にどんなに正しく見えても蓋を開けてみれば違っていた、ということはこの業界ではよくあることなのだ。ヘーゲルやマルクスのような巨大な知性でも演繹法オンリーでは間違うのである。

モデルを使うな、といっているのでは決してない。ぼく自身、モデルを用いて論文を書く。しかし、モデルは無謬ではなく、そこには前提たる仮定があり、仮定はしばしば間違っている。グラム染色を活用するとは、グラム染色にできないこと、分からないことを知悉していることであり、グラム染色万能論者にグラム染色は使えない。同じことだ。英国でも数理モデルは活用されているが、だからこそその結語には非常に懐疑的で、常に反論、異論が起きている。健全で科学的な態度である。

東京は検査数が少ない


日本の「今」は感染がうまくコントロールされている状態で、それは最悪時の武漢や、現在のイタリア、スペイン、フランス、英国、ニューヨークに比べてずっとよい状態である。問題は、それが「これからもずっとうまくいく」ことを保証しないことである。

懸念されるのは東京だ。感染報告が増えたことだけが問題なのではない。クラスターを形成できない、トレースできない感染者が増えているのが問題である。そして、その陽性患者数に比べて検査数がずっと少ない。47人の感染者を捕捉するのに100人未満(陽性者の検査日が不明だが、おそらくこのへんだろう)しか検査していないのは少なすぎる。繰り返すが、すべての感染者を把握する必要はない。が、感染の流れ、動き、クラスターが見えなくなっているのは困る。よって、東京では検査の閾値を下げねばならない。検査の閾値は状況によって変化する。韓国の例で説明したとおりだ。厚労省の「基準」にこだわっていると現象そのものを見誤る。すでに関西では味覚異常、臭覚異常を根拠に感染者が見つかっており、そこからクラスターが検知された。こうした臨床医のアスチュートな感性はもっと活用したい。東京都の「どこ」が検査数を下げている障壁なのかは分からないが、その障壁は即座に取り払う必要がある。

感染のピークを下げて横にずらす、という皆が見ているこの概念図。これとて演繹法の産物であり、本当に正しいかどうかは分からない。前述のように、英国の試算ではすでにこれでは足りない、と考えられている。横にずらした被害が、単に「やたら長い被害」になってしまう可能性もある。

文=岩田健太郎(自身のフェイスブック投稿より)

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