また、米国は「中国との力の均衡の維持」を最優先事項にしているものの、世界はそう都合良く動いてくれない。北朝鮮は核や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発を止めないし、ロシアはクリミア半島を併合したほか、大西洋条約機構(NATO)とのにらみ合いを続けている。「米国が他の問題に軍事予算を使い続ければ、中国に十分対応できなくなる」
そして、タウンシェンド氏らが報告書で出した結論は、「米国が単独でインド太平洋での優位を維持することはできない」というものだった。「米国は従来、対潜水艦戦闘のような特定の問題領域を1人で担ってきた。今後はそれができなくなる」と語る。
私は、米国防総省が19年6月に発表したインド太平洋戦略の報告書について尋ねた。すでに米国は、タウンシェンド氏らが指摘した問題を解決する意欲を示しているのではないかと思ったからだ。
タウンシェンド氏の答えは「ノー」だった。同氏によれば、報告書は過去数年間の米国の活動と協力の実績についての要約に過ぎない。確かに、米国防総省の報告書をみると、日本や豪州、韓国などと、どのような活動を行ってきたかを羅列した内容に過ぎない。「米国がこれからインド太平洋で使う資産や方法、連携などについて触れていない。米国がこの地域に求める最終的な姿を定義していないから、戦略とは呼べない」
結局、タウンシェンド氏らの提言は「どうやって米国をこの地域に引き付けるのか」に行き着いた。同氏は「オバマ政権末期を含む過去5年間、米国はアジアにとどまるという強い意思を示してきた。全面撤退という危険はないだろう」と語る一方、「トランプ大統領の関心をインド太平洋に集中させるのは難しい」と予測する。「トランプ氏は米国のアジア戦略を容易にする同盟の価値を重視していない。日本と韓国が、前方展開する米軍にいくら支払うかという点のみに関心があるのだ」
実際、トランプ氏は昨年秋に起きた日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄騒動には全く関心を示さなかった。一方、韓国や日本との米軍駐留経費分担交渉には「高い関心」(米政府関係者)を示し続けている。
豪州独立系シンクタンク、ローウィ研究所が昨年6月に発表した世論調査によれば、豪州の米国に対する視線も冷めている。「トランプ米大統領が世界で正しいことをする」と信じているオーストラリア人は4人に1人しかいない。オーストラリア人の3分の2以上は、トランプ氏が米豪同盟を弱体化したと考えている。
タウンシェンド氏は「豪州や日本などが、どうやって米国にアジアへの関与を促すことができるかが課題だ。負担の分担は、同盟国にとって否定的な意味をもつが、日豪は協力できることが数多くある。何ができるか考えるべきだ」と語る。
タウンシェンド氏らの報告書は、中国を牽制する役割を果たした。同氏によれば、中国は報告書について「覇権的で反中国的な考え方だ」と批判した。中国外交部も「中国の脅威を不必要に誇張している」と非難したという。他方、米国政府や安全保障分野のシンクタンク、元当局者らの反応は圧倒的に肯定的だった。
果たしてタウンシェンド氏らの報告書が、実際の政策に結実するかどうかは、まだわからない。
アシュリー・タウンシェンド