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1975年、ビル・ゲイツとともにアメリカのソフトウェア企業「マイクロソフト」を立ち上げたポール・アレン。ワシントン州立大学を、2年で中退した後のことだった。

2018年に亡くなるまで、慈善家として総額20億ドルもの寄付を行ったことでも知られている彼の生涯を振り返る。

ビル・ゲイツとの出会い


1953年にシアトルで生まれたポール・アレン。ビル・ゲイツと出会ったのは、中高一貫の名門校、レイクサイド・スクールでのことだった。

2人はレイクサイド・スクールで導入されていたコンピューターに魅了されたという。70年、アレンが17歳の時に、15歳のゲイツとともに「トラフォデータ」を設立。交通量分析システムを開発し、このシステムはワシントン州政府に採用された。


NBAを観戦するポール・アレンとビル・ゲイツ(2004年撮影、Getty Images)

高校卒業後、アレンはワシントン州立大学へ、ゲイツはハーバード大学へと進学するが、アレンは2年で大学を中退。プログラマーとして働いていたが、同じボストン内で生活を送る2人は再開を果たすこととなった。

75年、世界初のパーソナルコンピューター「Altair8800」が登場。このコンピューターがきっかけとなり、アレンとゲイツは当時主流だったプログラミング言語のひとつ「BASIC」をAltair向けに開発するアイデアを思いつく。それを実現させるため、同年に2人はソフトウェア会社「マイクロソフト」を設立した。

マイクロソフト創業


75年4月4日、マイクロソフトを創業したアレンとゲイツ。80年にアメリカのIT企業「IBM」からパソコン向けオペレーションシステム(OS)の開発を請け、「IBM PC DOS」を作成。これをほかのコンピューターメーカーには「MS-DOS」として提供した。

これらの開発ソフトが大きく普及し、マイクロソフトは急成長を遂げ、創業から10年後の85年、OS「Windows」が誕生した。

アレンは83年にマイクロソフトを退社。86年に個人資産を運用する投資会社「バルカン・キャピタル」を設立した。同社は宇宙事業や人工知能、エボラ出血熱などの難病治療に対して積極的に投資・寄付を行っている。

戦没軍艦を探索


アレンは、戦闘機の収集や戦没軍艦の探索を行なっていたことでも知られている。アレンの父親が第二次世界大戦に従軍したことが、関心を持ったきっかけだという。

アレンの調査チーム「RV Petrel」は2015年3月に旧日本海軍の戦艦「武蔵」をフィリピン沖の海底で発見。19年10月には、北太平洋周辺で旧帝国海軍の代表的な空母「加賀」を発見し、約6000メートルまで潜水できる無人探査船を使用して「加賀」の撮影に成功した。

慈善家として活動


アレンは慈善家としても名高い。科学や教育、野生生物保護をする慈善団体を中心に、一生を通じて20億ドル以上を寄付した。

2010年には、死後財産の半分以上を慈善活動に寄付するとの遺言を発表した。アレンの死後、フォーブスは生涯に渡って慈善事業に寄与した人を賞する「400 Lifetime Achievement Award for Philanthropy」を贈っている。

アレンは18年10月1日、09年に治療を受けていたがんの一種、非ホジキンリンパ腫が再発したことを公表。10月15日に家族がアレンの死去を発表した。友人であり、ビジネスパートナーだったゲイツは、弔辞で「私が出会った中で、もっとも思慮深く、優秀で好奇心豊かな人のひとり」と述べ彼の死を悼んだ。

文=齋藤優里花 写真=gettyimages

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