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生産が追いつかないほどヒットし、工場に大規模投資をした。全国で地ビール業者が乱立したが「観光地の土産物」というイメージが強く、また、ビールそのものの消費が99年をピークに低下。市場は縮小していった。

「生産効率の向上や営業努力ではもうどうにもならない最悪の状態でした。“地ビール”という文脈では無理だと悟りました」と、朝霧は言う。

「多様性がない」がヒントに


では、どこに向かえばいいのか。状況分析すると、反省すべき点はあるがすべてが悪いわけではなく、評価すべき点も多い。そうするうちに、彼は自分の原点を思い出した。

学生時代、バックパッカーとして世界を旅しているとき、イギリスのパブに入った。日本と決定的に違ったのは「一気飲み」をする人がいないのだ。ちびちびと味わい、楽しそうに談笑している。しかも、ビールの種類が豊富だ。「ビールの楽しさは日本に伝わっていないな」と、彼には思えた。

それに、協同商事は、小規模生産による本物の手作りで付加価値を上げることを理念としている。ビールのブランド数が少ない日本でも、「多様性」が受け入れられる時代がきっと来る。答えは見えた。「新しいマーケットをつくっていこう」。一時は撤退も考えたビール事業も再生できると確信した。

朝霧はテスト商品をつくった。名前は『伝説のビール職人』。お土産のような「ご当地もの」を払拭。もともと協同商事は本場ドイツのブラウマイスターから5年をかけて職人技を学んでおり、駐日ドイツ大使館主催のパーティーでは「御用達」とされている。


「コエドビール」は国際的なビールコンテストで数々の賞を受賞

彼は東京の販売店の人々を工場に招待した。「こんなの、よくないですか」と、時代の少し先をいく提案をした。「逸脱しすぎない」のがポイントで、さっそく有名小売店の店頭に置いてもらうと、なんとビール部門の販売で1位になった。これで小江戸ビール全商品の販売を終了する決断をした。

そして2006年、クラフトビールという新たな市場を提案し、新ブランド「COEDO」を発表したのだ。ちょうど世界的なクラフトビールのブームも始まった。

2010年代になると、大手メーカーも次々と参入し、朝霧が考えていた「新しいマーケット」が本当に実現したのだ。さらに朝霧は欧州、アメリカ、アジアを歩き、COEDOを売り歩く。海外との接点が、実は意外な展開を見せていく。

互いにレシピを教えあう


「知財?そんなものないよ。成果はお互いのものだろ」  

アメリカ人からそんな言葉を平然と言われたのは、東日本大震災後、朝霧がサンディエゴの人気ブルワリーと出会ったときだ。レシピは秘密だと思ってい たら、「知財なんてないよ」と言われ、レシピやアイデアの交換が始まったのだ。

「企業同士の契約もなければ、工場に行くと守衛もいない。共同研究ではなく、一緒につくろうよと言うんです」  

アメリカ、台湾、スペイン、オーストラリア、ニュージーランドで気の合う連中とコラボを行い、川越にも来てもらう。ビールはオープンであり、知見は シェアするもの。「まるでTEDのように、いい話はみんなでシェアするものなんだな」と朝霧は思い、似たような価値観をもった人が世界には大勢いることに気づいた。そして、発想は一気に広がった。  

サンフランシスコのダンデライオン・チョコレートとカカオ豆を使ったコラボ、珈琲店と焙煎豆を使ったコラボ、あるいは今治タオルと組んだビール染めのタオル、職人の工芸ガラスと組んだビアグラス、アメリカのリユースボトルメーカーと組んだカップ、盆栽職人と組んだ盆栽とビールを楽しむショップなど、店、企業、大学と組む相手は広がった。地域と業種を超越して、楽しさが共有されていく。  

07年からは地元で「感謝祭」を始めた。「ビールメーカーが祭りという物理的な場を準備してコミュニティのようにつながるのもいいんじゃないと思い、 イベント会社を使わず、準備も自分たちで行い、工場の敷地内でスタートさせました」と言う。感謝祭には地元の人だけではなく、海外のパートナー顧客も参加するようになり、一種のフェスに進化。商品づくりを超えて、「場」の創出へと発展したのだ。

朝霧はこう言う。「みんなとの共通する理想は、新しい価値を生む役割になろうというものです。新しい価値のエコシステムをつくりたいのです」  

17年に亡くなった義父は、農家との協同を理念に協同商事と名付けた。いま、協同する相手は世界に広がり、業種すら超えた。義父の理念は、危機に直面したことで、一本の線につながり、時代を貫いたのだ。  

協同商事のビール事業を辞めた者たちは、カナダなど海外のブルワリーにわたり、さらに高みを目指して活躍しているという。社員にビールづくりの強い意志を生み出したことも、危機が生んだ副産物と言えるだろう。  

朝霧に経営とは何かと聞くと、彼はこんな話をした。「山頂を目指して登ってみると、そこには違う風景があり、さらに尾根が続いている。そういうものだと思うのです」

スモール・ジャイアンツでグランプリを獲得した 2社は、奇しくも「環境問題」を起点に進化した。 受賞後、川口は朝霧にこう声をかけた。 「屋根ば貸してもらえんですか」「もちろんです」二人はスケジュール帳を出し、新たな協同を始めようとしていた。


朝霧が見出した、新しい価値を創出するための次の一手とは。そのほか、同時グランプリを受賞したフィルム型ソーラー事業の川口スチール工業(佐賀県鳥栖市)など、危機をバネに進化を遂げたスモール・ジャイアンツたちの逆転のストーリーを一挙公開。フォーブス ジャパン2020年5月号は3月25日(水)発売!購入はこちらから。

文=藤吉雅春 写真=佐々木 康 スタイリング=堀口和貢 ヘア&メイクアップ=AKINO@Liano Hair(3rd)

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