朝日新聞外交専門記者


ホワイト教授のリアリズムを生み出した原体験は興味深いものだった。教授は、豪州政府の一員だった1995年から96年にかけて遭遇した台湾海峡ミサイル危機での体験を紹介してくれた。当時、中国は台湾周辺海域でミサイル発射実験を実施。米国が原子力空母2隻を派遣する事態に至った。

教授は当時、米国防総省の当局者に「台湾海峡に派遣した米空母が沈まないと確信しているのか」と尋ねたという。米側の答えは「強い自信がある」というものだった。それから、四半世紀が過ぎた。ホワイト教授は「現在、米軍が中国軍の勢力圏内で空母を航行できるとは思わない」と断言した。教授によれば、米国は、台湾を巡る中国との紛争が起きた場合、数週間または数カ月以内に、明確な勝利を得られると確信できる軍事戦略を持っていない。教授は「トランプ大統領が、アジアで米国の戦略的リーダーシップを維持する考えを持っているかどうかも非常に不明確だ」とも語った。

また、ホワイト教授によれば、台湾海峡危機の際、当時のハワード豪政権は米国を支持したものの、中国からも閣僚レベルの接触を全て凍結するという厳しい対抗措置を食らった。ハワード首相は8カ月後に江沢民国家主席と会い、取引したという。ハワード氏は江氏に「豪州は米国の緊密な同盟国であり続ける。だが、中国とも非常に強い関係を持ちたい。豪州は米国の同盟国として、中国に直接的な行動は取らない」と約束した。

ホワイト教授はハワード首相の約束について「当時、米国は中国を戦略的ライバルとみていなかったので、そう言うのは簡単だった」と語り、続けてこう明かした。「だが、中国人はまだ私たちと結んだ原則に固執しているのだ」。事実、教授によれば、中国を「戦略的ライバル」と定義した豪州政府はまだ現れていないという。

ホワイト教授が教鞭を執るANUにも現実の波が押し寄せている。教授は「オーストラリアで学ぶ中国人留学生は20万人前後だろう。ANUでも、中国人が学生の約8割を占める学部もある」と明かす。「豪州の4大輸出品は、鉄鉱石、石炭、教育、観光だ。中国人留学生は豪州の大学制度維持に不可欠だと言っても偽りではない。もし中国が豪州を訪れる留学生の数を劇的に減らせば、我々の教育システムは壊滅的な影響を受けるだろう」

文=牧野愛博

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