※写真は、大塚国際美術館で撮影されたものです。

※写真は、大塚国際美術館で撮影されたものです。

「これまでのビジネスのあり方は、20世紀でその歴史的な役割を終えたと思っています」

独立研究者の山口周は、穏やかな語り口ながら鋭く言った。

「スペインの哲学者、オルテガ・イ・ガセットが言ったように、経済で解決できる問題は基本的にもう解決してしまった。これからは会社の存在意義もなくなるでしょう。これをネガティブに語る人も多いのですが、人類は1年間仕事を休んで、あくせく働かなくて済むことをお祝いすべきだと僕は思っています。なぜなら、原始時代に私たちを悩ませ続けた『生理的欲求』の不快、『安全欲求』の不満(『マズローの欲求5段階説』における第1、2段階目)については、テクノロジーと人文科学、ルネサンス以降のたゆまない努力によってほぼ解消されたのですから。これは、人間の勝利と言えるのです」

全地球規模で経済成長が加速する中、商品やサービスに求められるものは最下位の「生理的欲求」から、最終的には最上位の「自己実現欲求」へと進展していく。このような市場で戦うためには、これまでの論理的なスキルよりも“自分らしい生き方を実現したい”という「自己実現欲求」を刺激する美意識や感性が必要だと山口は考える。
「日本は便利さで価値を作ってきた国ですが、もはやただ便利なだけのモノには価値がありません。これからは、素敵さや豊かさ、心のときめきといったものによって価値を生み出していくしかないのです。こうした言語化できない抽象的なものを私たちはどう理解すればいいのか。それは『美術作品を見る』という一言に尽きます。美術作品は、国や時間を超えて多くの人の心を動かした普遍的なものが残ってきたわけですから」
今、ビジネスパーソンには、美意識を磨くことが求められている。

 ベストセラーとなった著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)を書くきっかけとなったある新聞記事を、山口は今でもよく覚えている。「ロンドンの国立美術大学であるロイヤル・カレッジ・オブ・アートに、ビジネスパーソンが通い始めている」──。

 これまで、ビジネスエリートのステータスとされてきたMBA(経営学修士)ではなく、MFA(美術学修士)の取得が、世界的なトレンドになりつつある。複雑で不安定なこの現代において、MBAで獲得できる論理思考スキルばかりを重視した問題解決のアプローチは限界を迎えているようだ。
ビジネスの役割は終わった。会社の役割も終わった。私たち人類に残された道は「創造しかなくなった」と山口は断言する。

「難しいことですが、21世紀は長く残るものを作って世の中を美しくすることを考えていかないといけない。というのも、今の日本人が作っている物の99パーセントはゴミなんです。極論をいうと、“ゴミを作るのはもうやめよう”ということ。デヴィッド・グレーバーの書籍『Bullshit Jobs』(=どうでもいい仕事)には、こう書かれています。“世の中には必要ないけれど、仕事をしないと食べていけないから、無価値なものを生み出して売っている”と」

確かに「労働生産性の国際比較」(2019年版)を見ても、日本の労働生産性は「経済協力開発機構」加盟36カ国中21位。先進国7カ国では最下位という結果だ。

「20世紀と同じやり方で同じものを作って同じような働き方をしているのに、日本人は価値を生み出せなくなくなってしまっている。それは、価値の構造が変わったと考えるべきです」

便利さだけに価値をおいて物を作り続けるならば、世の中が必要としていないことや短期的な視点に立ったモノばかりを生み出して、すぐに捨てられてしまうものを作らざるを得なくなってしまう。これまでの成功法則から脱却しなければならない時が来たのだ。

「要するに『ゴミを売れ』と言われて競争させられている。皆が心を病んでしまうのは当たり前です」
新時代の到来に、求められるものはイノベーションだ。

その言葉の解釈の一つには、今までになかったものを生み出すという考えがあり、これまでの価値観を無視し、否定する結果に陥りがちになる。そこには当然、落とし穴があるのではないか。

「イノベーションとは、“未来の当たり前”を今にもってくるということだと思うんです。電気自動車分野を牽引するテスラは、どう考えても化石燃料を使った自動車が将来も走り続けているとは思えないという発想をしたわけです」

未来の当たり前をもってくる。そんなイノベーションのヒントを山口はすでに見つけていた。

「スコット・ハートリーの『The Fuzzy and the Techie』を読んで、キーワードは“過去を発見すること”だと思いました。基本的に世の中にはもう新しいものはありませんから。例えば民泊サービスのAirbnbは一見新しくみえるけれど、中世の時代における巡礼者宿泊所の仕組みをインターネットで復活させたものだという見方ができる。発展と懐古が両方起こるという、ヘーゲルのいうところの『アウフヘーベン(止揚)』なのです」

現代における普遍的なものを見つけない限り、100年先の当たり前を見つけることはできない。それは、人間や社会の本源に立ち返ったときにどうあるべきかを構想する力がなければ難しいと山口は指摘する。そして、人間的なものを集合的に理解しようと思った時、私たちが積極的に触れるべきものは、過去の人々が残した作品だ。

「私たちは、500年前の人と話をすることはできませんが、彼らが書いた文学作品や作った音楽、描いた絵を見ることができる。それによって、彼らはどういうことを残そうと思ってきた人たちなのかを知ることができます。それらを理解するにはディープラーニングするしかない。人工知能がやっていることと全く同じだと思うんです。

世の中のニーズが、物質的なニーズから精神的なニーズに移っていくほど、心を使うことが重要になると思います。物理的な問題や物質的な問題は頭を使えば解決できるわけですが、精神的な問題は心を動かさないと解決できませんから」
「スコット・ハートリーの『The Fuzzy and the Techie』を読んで、キーワードは“過去を発見すること”だと思いました。基本的に世の中にはもう新しいものはありませんから。例えば民泊サービスのAirbnbは一見新しくみえるけれど、中世の時代における巡礼者宿泊所の仕組みをインターネットで復活させたものだという見方ができる。発展と懐古が両方起こるという、ヘーゲルのいうところの『アウフヘーベン(止揚)』なのです」

現代における普遍的なものを見つけない限り、100年先の当たり前を見つけることはできない。それは、人間や社会の本源に立ち返ったときにどうあるべきかを構想する力がなければ難しいと山口は指摘する。そして、人間的なものを集合的に理解しようと思った時、私たちが積極的に触れるべきものは、過去の人々が残した作品だ。

「私たちは、500年前の人と話をすることはできませんが、彼らが書いた文学作品や作った音楽、描いた絵を見ることができる。それによって、彼らはどういうことを残そうと思ってきた人たちなのかを知ることができます。それらを理解するにはディープラーニングするしかない。人工知能がやっていることと全く同じだと思うんです。

世の中のニーズが、物質的なニーズから精神的なニーズに移っていくほど、心を使うことが重要になると思います。物理的な問題や物質的な問題は頭を使えば解決できるわけですが、精神的な問題は心を動かさないと解決できませんから」
独立研究者として研究に勤しみ、著作家として執筆活動に追われ、パブリックスピーカーとして各地に忙しく飛びまわる日々を送る山口を、徳島・鳴門の大塚国際美術館に案内した。展示されている作品には“本物”が一つも存在しない。陶板(とうばん)によって、原寸大で巧妙に再現された約3000年分の西洋絵画が一堂に会す。

「ここは『傑作密度』が高いですね」

10年ぶり2度目の訪問だという山口の表情は、絵画の前でほころんだ。「10年前に比べてコレクションが充実しましたね」と話し、館内を興味深そうに見て回る。作品はどれも、美術の教科書などで一度は目にしたことのある絵画ばかりだ。

「優れた美術作品の定義はただ一つ。情報量が多いということ。情報量の少ないものは淘汰されて残りません」

山口は、東京ではなく神奈川の郊外に拠点を置いている。その理由も情報量の多さからだ。

「よく勘違いされている人がいますが、東京は情報量が極めて少ない場所なんです。人間の脳の中で作られているものばかりですから。情報量の少ないところにいると、人はバカになってしまいます」
自然豊かな国立公園内にある傑作だらけの美術館。この濃密な空間で山口は何を感じただろう。

「明らかに元気になりましたね。詩人・茨木のり子さんの作品に『ぱさぱさに乾いてゆく心をひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて(中略)自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ』(『自分の感受性ぐらい』より)という、厳しい詩があります。忙しくしていると水やりを忘れてしまいますが、今日は心の栄養をもらった感じがしました。

それに、世界中の美術館に行かないと見ることができない美術作品が一カ所にあったらいいでしょう、というコンセプトの分かりやすさ。初代館長である大塚正士さんの実業家としてのプラグマティズムを感じます」
「期待以上に楽しかった」と嬉しそうに感想をもらす理由の一つには、絵を見て心を動かすということが以前よりもできるようになったからだと思う、と山口は語った。

「若いから感性が優れているなどということは決してありません。年の重ね方にもよりますが、心を動かす能力や感受性は、むしろ年をとってからの方が高いと思っています」

これから、美術に無関心ではいられないビジネスパーソンにとって、この “傑作美術館”は、感性の入り口として最適な空間ではないだろうか。

「僕は、美術作品ってラーメンみたいなものだと思うんです。男性は特に、1、2軒は好きなラーメン屋さんがありますよね。でも美術になると、好きな作品を選べなくなる。これは単純に確率の問題だと思っています。最初に行った2、3軒から、一生通えるラーメン店を見つけろと言われたらとても厳しい。出会えない可能性があるわけですから。
「期待以上に楽しかった」と嬉しそうに感想をもらす理由の一つには、絵を見て心を動かすということが以前よりもできるようになったからだと思う、と山口は語った。

「若いから感性が優れているなどということは決してありません。年の重ね方にもよりますが、心を動かす能力や感受性は、むしろ年をとってからの方が高いと思っています」

これから、美術に無関心ではいられないビジネスパーソンにとって、この “傑作美術館”は、感性の入り口として最適な空間ではないだろうか。

「僕は、美術作品ってラーメンみたいなものだと思うんです。男性は特に、1、2軒は好きなラーメン屋さんがありますよね。でも美術になると、好きな作品を選べなくなる。これは単純に確率の問題だと思っています。最初に行った2、3軒から、一生通えるラーメン店を見つけろと言われたらとても厳しい。出会えない可能性があるわけですから。
ですから、もしこの館内を全部回って素敵だなと思える作品に一つも出会わなかったとしたら『あなたには感性がないと思った方がいい』と言ってもいいくらい。ただ単にいいな、好きだな、あるいは何か心に引っかかる感覚になる作品が見つかるはずです」
山口周 やまぐち・しゅう◎1970年、東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て、コーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、ライプニッツ代表。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? ─経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)、『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)など、著書多数。
※写真は、大塚国際美術館で撮影されたものです。
※写真は、大塚国際美術館で撮影されたものです。

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