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乳がんという「転機」

北風祐子さん(写真=小田駿一)

新卒で入った会社で25年間働き続け、仕事、育児、家事と突っ走ってきて、「働き方改革」のさなかに乳がんに倒れた中間管理職の連載「乳がんという『転機』」第13回。

私も転んで、起きて、です。


2017年6月9日。病理検査の結果、微小浸潤なし、ステージ0期の診断が確定した。片側乳がんになった人が、残ったほうもがんになる確率は5%。ホルモン剤のタモキシフェンを5年以上飲み続ければ、3%に下がると言われた。残りの乳房の予防のために、どうするか。

主治医には、タモキシフェンの副作用は、抗がん剤ほど強くないが、子宮体がんのリスクが上がる、太るかも、性格が変わるかも、うつになるかも、と説明された。「飲んで安心するなら飲んでもいいが、僕は年に一度の経過観察でいいと思う。僕はそういうタイプ。よく考えて、(私の親友で医師の)M先生とも相談して、あとからやることにしてもいいですよ。それより誰でもあと50年も生きれば、肺がんとかほかの心配が出てきますからねー」と明るくおっしゃった。

その場で考えて、夫とも相談し、タモキシフェンは飲まずに、今後は無治療、年一度の経過観察となった。検体は1センチ幅でスライスしているので、その内側の調べていないところに微小浸潤が隠れているかもしれない、とか、悪いほうに考えればそれはそれで尽きないのだが、そこは神のみぞ知ると割り切るしかない。

ただ、取ってしまったがん細胞自体は、「顔つき」が悪く、増殖スピードの速いものだったとのことで、乳管を破ってステージⅠ期になる寸前だったと言われた。 目の前の画面に、手術で切り取った肉片が写し出されていた。がん細胞は青黒く染まっていて、乳管内に細長く、点々と続いていた。一粒だけ、少し離れたところにも飛んでいて、スピードの速さを視覚で感じた。親友Mのおかげで最速で判断し、手術まで完了できたことに改めて感謝した。

「不幸中の幸い」と言ったら、がん友に「奇跡的なラッキーさ」だと訂正された。がんになったのは明らかに運が悪いことなのに、診断結果は強運という、なんともいえない状態。しかしここは素直に感謝したい。 

そして、支えてくださっている皆さまに深謝し、新しくいただいた命を大切に、思う存分全うする。理論上はもう治療を要する「患者」ではない。「経験者」としてできることを見つけたので、これから実行していきたい。

心が軽くなったので、病院からそのまま、娘の高校生活最後の運動会に行った。グラウンドの入口まで進んだとき、シャツに泥を付けた娘にばったり会った。リレーで転んだそうで。一人抜いて、転んで、起きて、追いついたそうだ。

よくがんばったね。私も転んで、起きて、です。

私は、友達と行こうとする娘の腕をつかんで、「ママ大丈夫だったから」と伝えた。娘は小さくうなずいてから、走り去った。

空が青く、緑が美しかった。

文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

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