ビジネス

2020.03.13

「社長室に行かない専務」が評価された理由

安原弘展 ワコールホールディングス代表取締役社長


逆風においても攻めの姿勢を崩さないのは、安原が成長の喜びを知っているからかもしれない。1975年に入社して配属されたのは、当時お荷物になっていたショーツ部門。最初の半年は倉庫で在庫整理をする日々だった。しかし、翌年、機能性ショーツの先駆けである「スパンティ」が大ヒットする。「商品がもつ力に驚きました。会社の売り上げが2割伸びて、特別ボーナスも出た」と急成長の勢いに胸を躍らせた。

95年に赴任した中国では、広東で現地法人の立ち上げを託されて、生みの苦しみを味わった。「正式な伝票すら一枚もない状態。採用試験も、問題が流出して正解率100%だった(笑)」。

帰国後、出世争いは気にしていなかった。ワコールは典型的なファミリー企業。87年に二代目の塚本能交(よしかた)が後を継ぎ、その後ずっと社長を務め続けていた。絶大な力をもつトップがいると、それにおもねりたくなるのが人情である。しかし安原は必要なとき以外は距離を置き、事業会社の役員時代は“一番社長室に行かない専務”と呼ばれた。

役員会で塚本が積極的に絡んでいた案件に「儲からないから」と異を唱え、2件を仕切り直しにさせたこともある。安原は、そもそも自分が社長になるとは思ってもいなかった。しかし、塚本は安原を11年に事業会社の社長、18年にホールディングスの社長に据えた。

「理由を聞いたら、『おまえは大きなことは言わんけど、言わなあかんことだけはきっちり言う』と言っていました。確かに自分がやりたいことより、パブリックとしてやるべきことを意識してきた。そういうところを評価してもらえたのかなと」

いまやるべきことのひとつが未来への投資だ。19年7月、アメリカのインティメイツ・オンラインの買収を発表した。同社は自前でECサイトをもち、SNSを駆使したマーケティングで急成長しているスタートアップだ。ECは今後の成長に欠かせないが、既存のプラットフォーマーに乗せるだけでは限界がある。オンラインシフトの次を見据えた一手だ。

買収額は、アーンアウト方式で最大で総額140億円。バリュエーションが高すぎるという声もあるが、安原は意に介さない。

「そりゃ高いですよ。しかし、1年後には買えない価格になっている。どこかで相場が反転するかもしれませんが、それを待っていたら波に乗り遅れる。買収するならいまです」

攻めの投資が、どのように実を結ぶのか。答えが出るのはもう少し先だ。


やすはら・ひろのぶ◎1951年生まれ。岡山県出身。75年、同志社大学商学部を卒業後、ワコール(現・ワコールホールディングス)入社。商品企画や中国事業の立ち上げを経て2005年に執行役員、11年に事業会社ワコールの社長に就任。18年6月より現職。

文=村上 敬 写真=苅部太郎

この記事は 「Forbes JAPAN 3月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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