シネマの女は最後に微笑む


CDCでチーヴァー博士の部下としてワクチン開発に従事するのは、アリー・ヘックストール医師(ジェニファー・イーリー)。猿の生体実験で致死率が20%のウイルスであることを突き止め、研究室にこもり助手と共に実験を繰り返す彼女は、ミアーズ医師に比べてアクションは地味である。

しかし、世界中で想像を絶する数の死者が出続け、あらゆる公共の場が無人になり、スーパーや銀行が荒らされ、あちこちで暴動が起こり始める中、彼女は自分の仕事が時間との戦いであることを熟知している。だから57番目の猿でやっとできた抗体を、すぐさま自分に打つという大英断に出るのだ。

自らの体で人体実験してでも、一刻も早くワクチンを世界に届けねばという使命感に突き動かされる彼女は、「未来」を象徴していると言えよう。

ウイルスは人を選ばなくても


一気に大量の製造が困難なワクチンが、誕生日によるくじ引きで順次接種されていく様子が描かれる。そこだけ見ると平等性を重んじているようだが、視点をアメリカから世界に移すとそうではない。

感染源の特定と感染ルート解明のために香港に飛んだ、WHOのレオノーラ・オランテス医師(マリオン・コティヤール)は、現地で一緒に仕事をしていた中国衛生局のスン・フェンに誘拐され奥地の村に連れていかれる。「米仏が治療薬を独占している」として、彼女はワクチン入手のための人質に。ウイルスは人を選ばなくても、疾患の解決には世界格差があるのだ。

やっと解放されて帰る途中、取引の品が偽ワクチンだったと知って咄嗟に引き返す場面は、オランテス医師の良心を表すと同時に、彼女が一貫して「過去」に戻っていく立場であることを示している。

それにしても、ウイルスの最初の感染者がたまたまある小さな罪を犯していた女であり、彼女から世界中に広がった災いに「過去」「現在」「未来」を象徴する女たちが体を張って立ち向かい、結果として女の娘が守られるという構図は、非常に興味深い。

パンデミックを描いた作品でありつつ、一種の「女性映画」と見ることもできるだろう。

連載 : シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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