シネマの女は最後に微笑む


ミネソタ州の家に帰ったベスの体調はどんどん悪化し、ついに搬送先の病院で原因不明のまま死亡、次いでその幼い息子も犠牲になる。

妻と息子を相次いで失ったミッチ(マット・デイモン)は、こうした映画では必ず登場する、残った家族を守る父親だ。感染ルート調査を受ける中で妻の裏切りを知ってしまった傷心と、残った娘をウイルスから遠ざけるための苦闘は、それだけで一編のドラマになるだろう。彼の目を通して、街や人々の日常が激変していく様子も描かれていく。

一方で、倒れる人々の映像をたまたま見たフリージャーナリストでカリスマブロガーのアラン(ジュード・ロウ)は、何らかのウイルス感染だと直感し、虚偽の情報をネットで流すことで一儲けを企む。

世界中で日々犠牲者が増えていく中、WHOとCDC(アメリカ疾病管理予防センター)は感染拡大阻止と原因究明に当たっていくが、CDCの最高責任者チーヴァー博士(ローレンス・フィッシュバーン)がテレビ番組に出演時、アランに弱みを握られて追い込まれる場面がある。

正義と人道を重んじる高潔な人物でも、こんな状況下では身内の安全を考える「人間らしさ」が、悪につけ込まれるという苦いシーンだ。多くの支持者をもつ「インフルエンサー」のアランがネットを通じて拡散したデマに大衆が踊らされるさまは、まさにウイルスが蔓延して人々を蝕む状況と重なっている。

まるで世界の「今」だ


男性の登場人物ばかり紹介してきたが、本作品で実質的に活躍するのは、3人の女性医師である。

パニック映画で医師や科学者チームの中に女性を配したり重要な役を振ったりするのは昨今当たり前となっているが、状況収束の鍵を握る3人の女性を同時並行して描いていく作品は珍しいだろう。

彼女たちは連携しつつも直接顔を合わせることなく、それぞれの持ち場で奮闘する。

チーヴァー博士からミネソタに派遣され、最初の感染死亡者ベスの開頭手術をするのは、エリン・ミアーズ医師(ケイト・ウィンスレット)。

呼吸と媒介物による拡大感染の可能性をいち早く指摘した彼女は、事の重大性をまだ認識しない現地の医師たちの前で、感染者隔離の必要性を主張する。「人は1分に3回から5回、顔を触る。その手で~」という台詞に、今、新型コロナ感染拡大の中にいる我々は「それそれ」と頷きたくなる。

国内でベスに接触した可能性のある人々に聞き取り調査を行い、発見した感染者の隔離をし、増え続ける患者の収容先を探し、まさに身を呈して現場の最前線で戦う彼女は、「現在」を象徴している。

文=大野 左紀子

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