そして、同様の光景を、東日本大震災で被災した自らの故郷でも見ることになった。そして、そのとき思ったのである。

「我々には、どんな困難のときも互いを助け合い、尊重しあう素晴らしい文化がある。そして、その逞しさがあるんだ」と。

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実際、この災害時の私たちの取り組みは、世界でも称賛された。以来、僕は、ことあるごとに番組でも講演会でも、そのことを伝え続けてきた。

しかし、今回はどうか? 我々は、相手を思いやり、助け合えているかだろうか? 自分を含めて、そのことについては疑問が多い。

もちろん、「見えないウイルス」との闘いが、「自然災害」とのそれと同じとは思わない。しかし、未曽有の災害を体験し、乗り越えてきたからこそ、困難に打ち勝ってきた「3.11の教訓」を生かせればと思う次第である。

87歳の母が訴える地球環境への警鐘


母の手記にはまだ続きがある。それは、避けては通れない「あの問題点」をはらんでいる。

母・武澤順子からの手記②「いつ災害が来てもおかしくないという覚悟」

我々は、もはやいかなる災害が来ても「当たり前」と覚悟することが必要です。もう「異常気象」は「異常」ではないのです。オーストラリアの森林火災、アメリカのサイクロン、イタリアのベネチアの浸水、そして昨年の日本の台風被害など……、もうそれらは「異常」ではないのです。

昨年の台風の水害で、我が家の近くの川も氾濫し、2度にわたり庭に濁流が押し寄せました。何とか避難し、無事だったものの、いまだに倉庫は泥にまみれ、片付けようにも、どこから手を付けてよいかわかりません。

「せっかく震災から立ち直りつつあったのに、どうしてまた……」と、気力が失せることも多々ありました。でも、地球温暖化問題への取り組みが進まないなか、こうした環境の変化による自然災害は、もはや止めようがないのでしょう。

南極の氷が溶け、海水の温度が上がり、大気は不安定となり、生態系は崩れる……。

「このままじゃいけない!」

17歳の少女、グレタ・エルンマン・トゥンベリさんの叫び声は、深刻に響きます。

生態系の変化は、サンマやイカの不漁にも表れ、海にはプラスチックが浮かんでいる。すべて人間の仕業です。豊かな暮らしを求め、地球を壊してきた結果が、いまにつながっていると認識しなければなりません。

ある工場では従業員が一丸となってリサイクルに努めているという記事を読みました。紙類は段ボールに、汚物は肥料に、生ごみは飼料にと、工場内で発するゴミを徹底して再利用しているそうです。

「地球にやさしい、未来につながる環境づくり」と口で言うことは簡単ですが、いよいよそうした「環境保護」を真剣に考えないと、「巨大な自然からのしっぺ返し」があることを覚悟しなければならない時代なのだと思います。

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この僕の母の手記が訴えるように、「環境問題」は頻発する自然災害と密接な関係にある。緊急の課題であることはわかりつつ、世の中が本腰を挙げて取り組んでいるとはまだまだ思えないのだ(自省も含めて)。

豊かさや経済的発展のバランスもあり一概には語れないが、次に紹介する母の手記の最後の言葉が、妙に頭から離れない。これは、これからの時代を生きる世代への、挑戦状である気がするのだ。

母・武澤順子からの手記③

自然災害は必ず起こる。これからの世紀を生きる人間は、それを覚悟しなくてはならない。

豊かさを求め、人類は宇宙にまで進出しようとしている。何世紀か後には、何もかもが失われ、地球も生命の火が消えた、ただの1つの星になってしまうかもしれないというのに……。

文・写真=武澤 忠

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