アメリカの調剤医療費は、日本と同様に毎年増加する一方で、2019年で約34兆円に達しているが、日本の7兆円と比べる、人口が約3倍であることを鑑みてもかなり高いのがわかる。
なぜ、アメリカの調剤医療費がこれほど高いのか。これには諸説があり、医療訴訟で下る途方もない賠償判決が薬の単価に転嫁されるためだとか、難病や不治の病に対する旺盛な研究費が反映していたりするからだという分析がある。
新薬や特効薬が生まれにくい理由
実は、薬の価格においては大きなジレンマがある。製薬会社は不治の病に対する新薬や特効薬を開発しようとするが、その薬は1人でも多く、少しでも早く実際に投与して単価を下げていかなければならないものの、その第1歩がなかなか踏み出せない。
かなり高価な薬であるため、ほとんどの健康保険会社(基本的に民間)がそれらの薬を保険での治療に使うことを認めないからだ。結果として一部の富裕層が、自由診療でそれらを使うだけとなり、新薬や特効薬が世に出ていくのが遅れる。
一般人が医師にかかる場合、診察代の一部を毎回数千円分払うほかは、残りは薬も含めて全額を保険がカバーしてくれるケースが多い(なかには、自動車保険のように、年間の控除額に達するまでは現金で払い続け、それ以降はどんな治療を受けてもフルカバーという方式もある)。しかし、保険会社そのものがその薬を認めなければ、保険外処方となってしまわけだ。
保険をスイッチされないために
そこで、新しい取り組みとして、製薬会社が成功報酬ベースで新薬や特効薬を提供するという仕組みが考え出された。すなわち、それらの薬を使ってもらい、もし効果が現れなかったらお代はいただきませんという仕組みだ。
例えば、上場会社のアルニラム製薬は、遺伝子異常を原因とする疾患の新薬として患者1人当たり約6000万円の価格の薬を開発したが、治療の効果が認められた時に限って、保険会社から薬代を徴収するというシステムを始めた。
去年開発されたばかりのこのギブラリーという新薬は、遺伝による肝機能の不全を治す薬と期待されていて、同社によればアメリカとヨーロッパだけでも3000人の患者がいると言われている。
詳細な薬剤情報がネットに載っているが、この薬の承認には、48人の投薬と46人のプラシーボ(偽薬)投薬の、たった100にも満たない臨床結果でアメリカ食品医薬品局の承認を得ている。
これだけ見ても、この薬がさらに広く一緒に処方され、副作用や治療効果を確かなものにしていくには、この成功報酬契約での薬の売り方が、製薬会社、病院、患者、保険会社とすべての当事者に意味のあるものとなる。効果のないものには1円も払わなくてよいとなれば、保険会社もこの薬の承認をしやすくなるからだ。
このほか、やはり患者の症状改善、つまり薬の成否に応じて、薬代を月額(定額)料金制にしたり、あるいは分割払いを認めたりなど、製薬会社も健康保険会社とのつきあい方を変えてきている。それをしないと、今度は患者から、これらの薬の使用を認めてくれない健康保険会社から、認めてくれる会社に、あたかも携帯電話のキャリアのようにスイッチされるからだ。
考えてみれば、この成功報酬方式は、もっと昔から考えられてもよかったように思うが、それがいままでできなかったのは、個別の患者の薬の効果を、1つ1つ製薬会社が把握する手段がなかったからだ。これが可能になったのは、アメリカの医師のカルテが、紙から電子への完全移行がほとんど終わったからだ。
つまり、血液や心肺などのデータが、細かく時系列においてデジタル保存されるので、製薬会社と保険会社の間で、想定した治療効果について簡易にかつ公平な判断ができるようになったからだ。
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ヘルスデータを買い取る会社も出現
日本も、電子カルテがかなり進んだように見えるものの、それは診療所や病院で、医療事業者がキーボードを打っている姿を見るにとどまっており、そのようなデータ収集のみではまだまだ改善の余地がある。
アメリカでは、長期の重い病気を抱える患者は、毎日、自分の病院のオンラインアカウントに入り、毎日の血圧や体重、症状の状態を自宅入力することを求められる。すると、通院して医師の問診を受けるときには、診療日だけのデータではなく、それまでの数カ月のデータを用いて医師が判断できるようになるので、より正確な問診ができるようになる。
さらにそのデータが、患者の了解のもとに製薬会社にもフィードバックされるので、ますます、前述したような薬の成功報酬形式が可能になってくる。
去年、この分野では先頭を行くカンザス・シティのサーナー・コーポレーションは、250億円を出して、グーグルが集めた利用者のヘルスデータを買い取とろうと交渉した。グーグルが断ったので、次はアマゾンにデータを買い取る交渉をするものとみられている。
筆者は、たまたまサーナー・コーポレーションを取材したことがあるが、IBM出身者たちで創業した電子カルテのIT企業とはいえ、社員には現役の医師や研究者がたくさんいて、さらに病院とも資本関係を持つなど、医療の現場と顧客をITで繋げる取り組みは、とても革新的だと思った。
調剤医療費も含めて医療費の膨張傾向は、当面、日本もアメリカも抑えられそうにないが、せめて、医療情報が、個人のプライバシー保護のもとに、公正かつ積極的に活用されて、新薬の早い承認と、薬価の低減化が進むことを願いたい。
連載:ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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