「北京からの報復を恐れている」波紋を呼んだ一冊の本

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教授は最終的に出版が決まるまでの約2カ月間、不安な毎日を過ごしたという。「私の本を巡る議論は、北京がこの国で大きな影響力を持っているという大きな証拠でもある」。中国政府が教授に直接接触を求めたことはなかったが、間接的に教授を非難した。教授によれば、在豪州の中国大使館や中国官営メディアが教授と本を攻撃した。

難産の末に出版された「Silent Invasion」を巡って、豪州の世論は分裂した。ハミルトン教授は「強い反応が多くあった。肯定的なものも否定的なものもあった。議論が政治的に分裂したことは非常に興味深い」と語る。教授によれば、保守系からは好意的な反応が多かったが、革新系の反応は分かれたという。

「左派系の多くの人々は、私の本が分裂を誘い、人種差別的で、豪州国民の暗黒の部分をもてあそんでいるとして、私の本を嫌った」という。一方で、「別の左派の人々は、政治を破壊する賄賂や、豪州の民主主義を損なう外国からの影響力を懸念し、私の本を非常に重要だと考えてくれた」。そして、教授の主張を裏付ける事件が相次いで起きるようになって、豪州の人々の教授に対する視線も変化が感じられるようになったという。中国系オーストラリア人社会グループが教授に共鳴し、シドニーで英語版と中国語版を出してくれたこともあった。

そして、教授は世論の分裂をこう分析する。「私の本を批判する理由は主に二つある。一つは人種差別への懸念だ。豪州の歴史の中にあった暗い人種差別的感情の一部が復活するのではないかという恐怖に過剰反応し、事実を否定している」。確かに、豪州には1970年代までは有色人種の移民を制限する「白豪主義」を取ってきた過去がある。

更に、教授は自らを批判した世論のもう一つの根拠として「反米主義」を挙げる。人々は教授に対し、「あなたは、中国が全部悪いと言うが、米国はどうなんだ」と言って批判するのだという。教授は「私は米国に非常に批判的な論者だ。だから、その主張は非論理的と言える。それは議論ではなく、ある種の感覚だろう。米国は本当に悪いから、米国の敵は支持する。敵の敵は私の味方だということを多くの人々が考えている」と指摘する。

ハミルトン教授の著作が発表されてから1年以上が過ぎたが、豪州や南太平洋に進出する中国の動きはむしろ加速している。教授は中国の動きについて「太平洋西部の島々とその周辺を戦略的な領土の重要な一部と見なし、太平洋諸島の支配権を獲得することを非常に熱望している。島々へのインフラ投資、中国企業や中国市民の移住、当局への賄賂提供などを通じて当該諸国の忠誠心を米国から中国に移すよう誘導している」と指摘する。そして「日米豪などがこの戦略的な空間から中国を押し出さなければ、中国の試みは成功するだろう。数年後の取り組みでは遅すぎる」と警鐘を鳴らす。「北京の活動は、民主主義のグレーゾーンで行われている。民主主義を利用して民主主義を破壊しているのだ」

文=牧野愛博

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