限定感を打ち出しながらも、ECでの販売を行う。相反する施策のようにも見えるが、そこには店舗とECの意義を考え尽くした上での哲学がある。
「お客様にとって、やはり“店舗でこそ”感じられる体験には価値があります。売り場の雰囲気、行列の様子などを経験して初めて知ることのできる希少性は、そこに足を運ばないと感じられませんから。むしろ『本店でもなかなか買えない』などの噂が生まれることで、初めて限定感は全国に伝播し、ECでも購入してもらえるようになります。あくまで、リアルでの評判がベースなんですね。
闇雲な販路拡大のためのEC運営では、ここまでブランドの価値を高められなかったでしょう。店舗かECかの二択ではなく、『何のためにそれぞれを活用するのか』が一番大切なんだと思います」(馬場)
阪急百貨店が担う「情報リテーラー」としての未来
現在、阪急うめだ本店には8つのオリジナル商品の直営店が並ぶ。食品売場(地下1F、2F)の年間の売上472億円のうち、20億円がこれら直営店によるものだ。
オリジナル商品のみならず、フロア全体でも売上成長が続いているのは、1つは「オンリーワン戦略」による評判が人を惹きつけ、ついで買いなど他の商品にもポジティブな影響を与えているから。
もう1つは、少数のオリジナル商品を大量に売って得られる収益で、「利益は生まないけれども楽しい物販スペース」や「情報発信のための空間スペース」など、コトの体験へのさらなる投資ができるからだ。そこで生まれる話題や情報は、より顧客を惹きつけ、フロアに人を集める。
馬場氏が直近の例として示したのが、『Hankyu PLATFARM MARKET』だ。生産者である農家が阪急うめだ本店に来て、消費者と一対一で直接コミュニケーションを取りながら販売する場を提供している。
「手間もスペースも取りますから、一見すると費用対効果の低い取り組みのように見えるかもしれません。しかし、モノの裏側にあるこだわり、想いや思想、地域性、製法。そういったものを届けるためには、生産者と消費者との橋渡しができる存在が必要です。その役割こそが、百貨店があることの意義じゃないかと考えています」(馬場)
空間を持つ者にしか生み出せない、コミュニケーションという体験。そうした“コト発信”の場をつくる存在として、馬場氏はインタビューの最後、これからの阪急うめだ本店は、モノではなく情報を届ける「情報リテーラー」となるべきだと語った。
「モノを買うだけならば、Webを利用すれば良い。それでも人は、商品を販売している空間にわざわざ集います。それは、モノと出会い、触れ合う瞬間に生まれる独特の“ワクワク感”は、リアルな場所にあるから。
だからこそ阪急は、人同士のコミュニケーションを生む場、よりコトを体感できる場をつくっていかないといけない。情報のリテーラーとして、モノにまつわる『物語』をお客様に渡していく、そんな存在でありたいなと思うんですよね」(馬場)