期待値を過度に高めてしまうかもしれない
スタートアップの成功は、その会社が人々からどう見られるかに大きく左右されます。勢いがありそうに見えるスタートアップには、人々が入社したり、投資したり、協業したいと思うのです。勢いがありそうに見えれば、顧客も、採用候補者も、投資家も集まります。それによってさらに勢いがつき、より多くの顧客、採用候補者、投資家が集まる……というサイクルが回ります。勢いをものにすることができれば、成功が成功を呼ぶようになります。この勢いの指標のひとつとなるのがバリュエーションです。
だから、フラットラウンドやダウンラウンドになる可能性が出てくると、周囲からの評判も失墜します。顧客は、会社が大丈夫かどうか心配になります。社員の信頼も失い、投資家から向けられる目も変わってくるでしょう。
この最たる例がWeWorkです。人々がWeWorkに感じていた勢いは、バリュエーションとともに急上昇していました。しかし、WeWorkは過度にアグレッシブな経営を行い、やがて厳しい現実に直面しました。似たような事業を手掛けるTKPとRegusの時価総額が両方とも数千億円程度であることを考えると、WeWorkにもその程度の価値があるかもしれない、と考えても大げさではありません。しかしソフトバンクのビジョンファンドから投資を受けたWeWorkには、5兆円ほどのバリュエーションが付いたのです。
その後WeWorkが厳しい現実に直面した際、ネガティブな報道がさらにネガティブな報道を呼び、負のスパイラルを巻き起こしました。WeWorkは、数千億円の評価額で上場することもできたでしょうし、そうであれば成功例として称賛されていたかもしれません。しかしWeWorkは、ギリシャ神話のイカロスのように、太陽の近くを飛びすぎたせいで、羽をとめた蝋(ろう)を熱に溶かされてしまったのです。
会社を売却するのが難しくなるかもしれない
あなたの会社に投資をした投資家はもちろん、その投資が将来何倍にもなることを期待しています。つまり、あなたが決めたバリュエーションは投資家にとって、どの価格で売却すべきかのベンチマークにもなるのです。例えば、100億円のバリュエーションで調達したのち、同程度の額の買収オファーを受けた場合、投資家が売却を拒否するということもあり得ます。ファウンダーは売却したいのに、投資家が首を縦に振らない場合、関係者全員にとって不幸な状況になります。
バリュエーションを決めるにあたって大事なのは、株式の希薄化を避けつつ、将来の調達における選択肢を残す、というバランスを取ることです。バリュエーションを高くするということは、好況がこれからも続くことに賭けるということです。低いバリュエーションのほうが、さまざまな状況に対応しやすくなります。
また、資金だけでなく、残余財産優先分配権や参加型・非参加型など、投資契約のほかの条項も重要ですし、以前の記事で述べたように、会社に価値をもたらしてくれる投資家を迎え入れることはとても大切です。バリュエーションは結局のところ、この先どんな投資家と歩んでいくかを決める材料のひとつでしかないのです。