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2020.03.02 11:00

「世界の終わりのよう」ヨーロッパもコロナの不安に飲まれるのか

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ほんの数日前までヨーロッパでは「ひとごと」だったコロナウイルス。今では1日に何十回と聞くワードになり、ヨーロッパ中を騒がせている。現段階では筆者が住んでいるスペインのバルセロナでは3人の患者がおり、1人目は北イタリアから帰国したことにより感染した。
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北イタリアが深刻な状況になる直前までは、筆者自身も正直コロナウイルスについて身近に感じられなかった。というのも、実は2月19日から22日までミラノのボゲラという町で、イタリア人の友人と彼女の家族と過ごしていたくらいだ。ミラノを去る22日までは、周りからの心配の声は一切なく、騒動すらなかった。

ここ数日で一気に緊張感が高まったヨーロッパ。ウイルスの感染事例がアジアほど無いため、今回の出来事について人々の反応はイタリアをはじめここ数日で凄まじくなった。今回は筆者が2月中旬から下旬にかけてイタリアのナポリ、ミラノ、そしてドイツのミュンヘンに出かけて感じとった、ヨーロッパのコロナウイルスに対する反応や様子、また、噂されているアジア人差別について経験談をもとに紹介したい。

パンデミックの中心ヨーロッパ、人々の大混乱と「救い」の動画
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アジア人差別は本当に存在するのか


17日から南イタリアのナポリに到着し、数日過ごしていたが、マスクをした人はほとんど見あたらなかった。アジア人だからと言って、入国拒否や別室に連れて行かれることは、イタリアとドイツ、どの空港でもなかった。同月14日にアルバニアに旅行していた韓国人の友人が、現地の子供たちから何度も人種差別になりうる発言を受けたことをSNSにて嘆いていたのを見たので、筆者自身少し警戒していた。

バルセロナでも普段そうだが、イタリアでは道を歩いて、あからさまに避けられたりすることはなかった。そもそもナポリにはアジア系観光客はほとんど見受けられなかった。学校行事で観光に来たであろう現地の小学生の団体の前を通った時のみ、「噂の!」と言わんばかりに、驚いている子供が数人いた程度だ。イタリアが現在のようなパニック状態になる前から、子供達にウイルスの存在が認知されるほど既に知れ渡っていたことがわかる。

それから19日にミラノに移動し、4日間過ごした。ミラノはファッションウィーク当日間際でもあったため、ナポリよりもはるかに観光客や外国人で賑わっていた。中国人観光客の数もバルセロナとミュンヘンに比べ、圧倒的に多かった。

「不安と緊張」の始まり、当時のミラノの様子


22日の朝、バルセロナに戻る日のことだ。友人とショッピングセンターに出かけた。向かう途中の車のラジオでコロナウイルスという単語がイタリアに来て初めて聞こえてきた。イタリア人の友達が「コロナウイルスによる患者が一気に増えて深刻な雰囲気になってきている、とラジオは言っている」と心配した顔で教えてくれた。そのあと、店で従業員と会話していたら、途中でウイルスの話題になった。「昨日からイタリアの様子がおかしいんだ。コロナウイルスが本格的に広がり、この近辺で患者が続出しているらしい。昨日と比べるとお客さんもかなり減ったよ。気をつけて帰るんだよ」とのことだった。

その後、予定通りバルセロナに戻るためミラノのマルペンサ空港に行った。マスクをした人の数はさほど多くなく、せいぜい50人に1人くらいであった。その日は問題なく帰国し、翌日23日、バルセロナからまた次の目的地であるミュンヘンに向かった。ミュンヘンでも空港はおろか、市内ではマスクをした人を4日間で1人も見なかった。バルセロナに完全に帰国する日の26日、ミュンヘン空港では、たった1人だけ西洋の男性がマスクをしていた。

後にミラノの友人が悪化したミラノの現状について語ってくれた。「今は大学も閉鎖していて、いつ再開されるかもわからない状態よ。一時はバーやレストランも全て閉まっていて、とても静かだったわ。私の街は25日に政府が飲食店の運営を許可したから、営業再開しているけどね。それ以外何も変わっていないわ」
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文=裵麗善/Ryoseon Bae

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