87歳名杜氏がパリのスターシェフとともに創り出すガストロノミックなひととき

農口尚彦/1932年石川県能登町生まれ。祖父の代からの杜氏の家に生まれ、16歳で酒造りの世界に。歴史ある全国新酒鑑評会で連続12回を含む通算27回の金賞を受賞。

今年3月、「アジアのベストレストラン50」授賞式が佐賀県武雄市で行われることは、少なからず食にかかわる業界関係者を驚かせた。世界の人気レストランを表彰する同賞は、17年バンコク、18年マカオで開催されており、今年は日本で行われるらしいと噂されていたものの、九州、それも佐賀県武雄市であるとはまさにダークホースであった。しかし驚きもつかの間、いま日本の地方は面白く、注目を集めているのも事実だ。

世界中のレストランレビューを独自のアルゴリズムで解析し、公正性が高いとされるレストランランキングLA LISTE(ラリスト)では世界の優秀なレストラン1000軒を評価しているが、その中にも多く日本の地方のレストランがランクインしている。海外から日本を訪れるインバウンドもいま、地方でしか味わえない美食のために旅をしており、日本のデスティネーションは東京、京都、富士山だけではなく、多いにその選択肢を拡げている。



現在、日本各地で行われている地方創生プロジェクトのなかでも興味深いのは、石川県小松市で展開されている「Saketronomy(サケトロノミ―)」だ。その舞台となるのは「農口尚彦研究所」。農口尚彦氏とは、1970年代以降に低迷を続けた日本酒市場にあって、吟醸酒をいち早く広め、吟醸酒ブームの火付け役となり、また山廃仕込みの技術を復活させたことから、失われつつあった山廃仕込み復活の立役者ともなった、御年87歳の名物杜氏である。

70年に及ぶ酒造り人生の中で数々の銘酒を生み出してきたが、80代半ばとなって「いま求められている酒づくり」と「後進育成と市場の醸成」を自身のミッションとして掲げ、2017年から「農口尚彦研究所」で酒づくりをスタート。現在3期めを迎え、ますます味わい深い酒を生み出している。




ミニマルな空間が美しいテイスティングルーム「杜庵」

その「農口尚彦研究所」には有料のテイスティングルーム「杜庵(とあん)」が設えられている。九谷焼の重要無形文化財(人間国宝)である吉田美統(よしたみのり)氏、デザイナーの大樋年雄(おおひとしお)氏によるディレクションで完成した「杜庵」は裏千家ゆかりの地である小松市に敬意を表し、茶室をイメージした空間。窓の外には田園の豊かな実りを望み、「杜庵」利用者のみが入室できる「ギャラリー」からは酒造りに励む蔵人の様子を見学できる。

このテイスティングルームには近郊や東京のみならず、国外からのゲストも多いというが、この日はひときわの賑わいを見せていた。
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文=秋山 都

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