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2020.02.21 18:16

退院。そして事件は起きた|乳がんという「転機」 #10

北風祐子さん(写真=小田駿一)

新卒で入った会社で25年間働き続け、仕事、育児、家事と突っ走ってきて、「働き方改革」のさなかに乳がんに倒れた中間管理職の連載「乳がんという『転機』」10回目。

必要なのは、プロ個人

2017年5月17日、退院前日の朝に、ドレーンが抜けた。実にスッキリ! まだ少しガーゼに液漏れが付いてはいたが、ずーっと、長ーい定規を体内に入れているような気持ち悪さだったので、解放感満点だった。

この病院は、何から何まで徹底したチーム医療を貫いていた。お互い信頼し合っているプロ同士が、各自の専門領域で力を発揮する。プロがベストの仕事をして、それが集まってスターチームになっている。どの医師も、どの看護師も、クールだがあたたかく、言動に無駄が一切なかった。勇気を出して質問したことには、真摯に答えてくれた。

チーム医療のしくみは、自分の勤めている会社にも適用すべきだと感じた。近年、事業領域の拡大を目指してはいるが、もとはといえば広告会社なので、スタークリエーターが評価される。属人的に仕事を受注するケースが多く、忙しい人はどんどん忙しくなり、暇な人はどんどん暇になる。

スタークリエーターは商売上必要だが、テレビCMだけ作っていればよい時代が完全に終わっていることを考えると、クリエーターという職種以外にはスター個人はいらない。クライアントがお金を払ってでも仕事を頼みたくなるレベルに個人の力だけで到達するのは難しい時代だと、はやく認識すべきだ。

必要なのは、プロ個人だ。チームで成功するというゴールを共有できるプロ個人が、各自のプロ技能を発揮して合わさるとスターチームになる。スター個人ではなく、スターチームを増やさないと、この会社は潰れるのではないか。退院の前夜には、そんなことを考えていた。

痛いほどわかったこと

がんになったとわかって、絶望の谷底に突き落とされても、心の傷は、家族や友人や仕事仲間の心からの手当てで癒える。あちら側にいかせるわけにはいかないんだと、全身全霊をかけて谷底から引っ張り上げてもらった。

祈りには治すパワーがあると本で読んだので、直感で祈ってくれそうにみえた人には、がんになったことをどんどん伝えた。

女の人には健診の大切さを伝えたいとも思った。術後に「あの人がんらしいよ」なんて噂されるくらいなら、術前に自分から伝えて祈りのパワーに助けてもらいたかった。

そうしたら、自分でも信じられないスピードで心は回復した。ありがたい。私は幸せ者だ。生まれてきてよかった。産んでもらってよかった。

死はいつか誰にでもやってくる。がんを経験しても意外と長生きしたり、健康でもある日突然亡くなることだってある。要は「いつ死ぬか」を論点にしても無意味だということ。「今をどう生きるか」がすべてなのだ。この瞬間、瞬間が大切なのだ。

だから、がんの進行度をあらわす「ステージ」という言葉を「余命」と結びつける発想が大嫌いだ。ナンセンス、時間の無駄。論点はそこじゃない。

いったん突き落とされたおかげで、今の私には、「今をどう生きるか」を迷わず選びとっていける確信がある。体はリハビリが必要だが、心、精神、魂は、滝の水流ばりの勢いでデトックスされて、がんになる前とは全く違うものになり、人生最大級のエネルギーに満ちている。

退院したら、新しい人生を歩む。まずは強靭な心が、弱った体を回復させるだろう。そして心身がいい感じでつながったとき、今度は私が、弱っている人の役に立てると思う。
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文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

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乳がんという「転機」

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