宝石は人間だけがその美しさを認識できるという。地中の営みのなかで育まれ、人によって新たな形を与えられた希少な石は、時に権威の象徴として、また純粋にその美しさから愛されてきた。だが、人が魅了される最大の理由は、そこに何億もの時間が閉じ込められた時の流れを見るからかもしれない。
172年の歴史を持ち“王の宝石商”と称され、現在16カ国の王室御用達を持つカルティエが、2019年秋に公開した展示は、宝石とデザインを時の結晶として捉え、歴代の作品から、時の流れを感じさせる試みであった。
演出に使われたのは、8mの天井から掛けられた光の螺旋を描く新素材の布、樹齢千年を超える屋久杉の樹や神代杉、展示のために切り出し積み上げられた大谷石など、場所と時代を超えて集められた新旧の素材。時代やエリアを超えた演出に、観客は時の概念を揺さぶられる。
「カルティエは時代を超えるデザインというものを創造し続けてきました。古いものと新しいものが共鳴しあって調和を生み出す。タイムレスであるということはカルティエの軸でもありますし、日本はそれを重視する国。この展示はカルティエと日本の出会いでもあり、日本だからこそ完成できました」とカルティエ インターナショナル マーケティング&コミュニケーション ディレクターのアルノー・カレズは語る。
展示を行うにあたり、カルティエがパートナーに選んだのは杉本博司と榊田倫之による新素材研究所だ。旧素材こそが新しいという信念のもと、会場には時を重ねた木や石が多用され、入り口では杉本氏による時針が逆行する高さ3.5メートルの大きな逆行時計が展示を暗示する。ここから始まるのが1970年以降の現代のマスターピースとカルティエ コレクションが縦横無尽に展開されるストーリーだ。
ハイジュエリーを保守的なデザインから解放し、創造性に満ちたモダンデザインの世界を開拓してきたカルティエのデザインは、時代を超えて、我々の想像力を刺激する。ベル・エポック様式が席巻していた時代にアール・デコを先取りしたり、オリエンタリズムを用いたりとその方法はユニークだ。展示された約300点のうち、約半数が1970年代以降の個人蔵のものであり、どのようにこれらのジュエリーが使われているか、そこに想いを巡らせるのも興味深い。