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P&Gをはじめ数々の企業で成果を残してきたマーケティングのプロ・足立光。彼が次のステージとして選んだのは、スマートフォンアプリ「ポケモンGO」を共同開発したナイアンティックだった。


足立はこれまで、数多くの「結果」を残してきた。なかでも、2015年から18年にかけて、苦境にあった日本マクドナルドをV字回復させた手腕は注目を浴びた。

16年にリリースされ、世界的なヒットとなった位置情報ゲーム、ポケモンGO。同ゲーム20を開発し、スマホ向けの拡張現実(AR)技術を持つナイアンティック。18年、足立は同社に参画。日本マクドナルドの上席執行役員マーケティング本部長からの転身だった。

トイレタリーやアパレル、ファストフードといったB to Cビジネスでマーケティングパワーを発揮してきた足立が、なぜIT業界に転じたのか。そこには、きわめてユニークなビジネス観があった。

同じ業界に居続けるとラーニング・カーブが落ちてくる

「私はこれまで何回か転職していますが、同じ業界での転職は一度もありません」

足立は、意外な一言で口火を切った。1990年、新卒で就職したのはP&G。そこでマーケターとしてのスタートを切り、以後、経営コンサルタントとしてローランド・ベルガーの立ち上げに参加。そこからまた事業会社に戻り、ヘンケルグループ、ワールド、日本マクドナルドで要職を務めてきた。

「同じ業界で転職すると、裏切り者というわけではないけれど、元の仲間と戦わなければならない。それが嫌なんです。また、同じ業界で長く仕事をしているとラーニング・カーブが落ちてくる。ですから、新しいフィールドで、それまでにない経験をしたいと思うのです」

それにしても今回の転身は、これまでのキャリアとは非連続な印象を受ける。どうしてITの世界を選んだのか。

「実はポケモンGOの世界初のパートナーになったのは日本マクドナルドで、その決定をしたのは私なんです。そのころから(同社の主要スタッフが独立前に所属していた)グーグルの人たちのことも知っていて、そこから生まれたナイアンティックにも馴染みがありました。業界はまったく違いますが、しかし私自身の仕事はほとんど同じで、『みんなをハッピーにするにはどうすればいいか』を考えること。初めてやることですから、ワクワクしていますよ」

マーケティングとは“人心操作”である


ナイアンティック日本法人のオフィスの一室。SATORI代表取締役の植山浩介氏も同席し、ときには自ら質問を投げかけるなど足立氏との対談のような形で行われた。さすがはP&Gや日本マクドナルドなど、様々なフィールドで数多くの実績を残してきたマーケター。自らの豊富な経験を踏まえた上で、理路整然とわかりやすく語ってくれた。

足立がマーケティングと出会ったのは、大学生のとき。一橋大学商学部で竹内弘高教授の指導のもと、国際マーケティングを学んだ。当時竹内教授はハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授による『競争戦略論』の翻訳をするなど、狭義のマーケティングの枠を超える理論を説いていた。

「継続的にビジネスを伸ばしていく仕組みをつくるのがマーケティングです。マーケターはコミュニケーションや広告といった個別のテクニックにとどまらず、ビジネスがつくれてなんぼ、ということを竹内先生から学びました」

さらに足立は、恩師から大切なことを学んだと続ける。

「語弊を恐れず言うと『マーケティングとは人心操作である』ことですね。選挙戦や戦争のプロパガンダなど、応用範囲も広い。つまり、人の心に影響を及ぼし、具体的に行動を変えるということです」

人が何を欲するか、何をしたら喜んでもらえるかを考えて、売れる手立てをあれこれ用意し、試してみる。そうしたことに面白さを感じ、足立は大学卒業後の進路をP&Gに決める。

いまでこそ優秀な学生が集まる人気企業だが、当時はまだ無名。しかもバブル経済の最中にあった日本は、超売り手市場。銀行でも商社でも、希望する会社ならどこにでも入れるという状況にあって、無名かつ給与レベルの低い外資系トイレタリーメーカーを選ぶことは、周囲から見れば異例の選択だった。

「卒業のとき、竹内ゼミでは全員が『なんのために生まれてきたか』と問われて、紙に書かされました。『お前のミッションはなんだ?』ということを問われ、いろいろ考えてみたんです。すると、私は周囲の人が幸せになる時が自分にとっても幸せな時である、と気づきました。であれば、私の就職先は銀行でもなければ商社でもない。マーケティングをやろうとすると、当時はP&Gだけが職種別採用でマーケティング職があった。それが入社を決めた理由です」

いざ働きはじめてみると、P&Gはかなりきつい労働を強いられる環境だった。

入社後は半年間の語学研修でアメリカへ。帰国後、1年目の後半から早速ブランドのひとつを担当するよう任されたという。

つまり、ビジネスが急成長する中で、従来であれば10年選手が受け持つような仕事を若手が担う環境だったのである。

そこに集まる社員たちも優秀だが、いわば「変わり者」揃い。いまでいうスタートアップのような、メンバー間が切磋琢磨する集団だった。

「大変だったけど、面白かったですね」足立は当時を回顧する。P&Gで学んだことは何かと聞くと、大きく3つあるという。

「1つは目的の重要さ。すべての業務に目的があり、目標と、その達成度を測るための目標値がありました。『測定できないものは、達成できない』という言葉がありますが、それは正しいと思います。そして、売り上げはあくまでも目標であり、お客様に価値を提供するのが最終的な目的、ということを忘れてはいけません。2つ目は、レビューの重要性。やったことについて死ぬほどレビューをして、みんなで共有して組織の力を上げる。自分がやっていない他部署の事例からも、多くの学びを得られます。レビューをすることで、システマティックに組織の力を上げていく感覚がよくわかりました」

目的達成までの方法を整理し、一つひとつのプロジェクトを徹底的に考え抜き、実行することをひたすら繰り返していたという足立。

P&Gで学んだことの3つ目は「常に成長しなければいけない」という強い気持ちだった。

「成長とは、自分自身はもちろん、人を育てることも含まれます。後者も自らの成長と同じくらい重要視されていて、自分の成長とチームの成長がまったく同じだけのウェイトを持って評価されます。いくら自分だけで結果を出していても、チームが育っていなければマイナス50点、というのがP&Gでした」

私の立場は“傭兵”
3年で結果を出さなければサヨナラ

P&Gからコンサルティング会社に転じ、さらに事業会社の要職でキャリアを積んだ後、15年に日本マクドナルド上席執行役員マーケティング本部長に就任した。

当時のマクドナルドは、異物混入などの不祥事もあり顧客離れが深刻化していた。こうした状況に対し足立は、ポケモンGOとのコラボレーションや、「グランドビッグマック」などのキャンペーン、SNSを駆使したプロモーションといった施策を矢継ぎ早に展開。同社は、劇的な復活を遂げた。

しかし、18年6月に足立は日本マクドナルドを退社。その在任期間はわずか3年弱だった。

社内のみならず、フランチャイズのオーナーを含めて、別れを惜しむ人たちとの送別会は3カ月も続いたという。

「私の立場は“ 傭兵 ”ですから、3年で結果を出さなければ、それでサヨナラなんです。仕事に対する自分の情熱を因数分解すると、1つ目は結果に対するこだわり。数字がなければ意味がありません。2つ目はスピード感。3~4年で必ず結果を出すこと。でないと、存在意義がありません。3つ目がプラスのオーラ。人は論理ではなく、感情で動きます。『こいつがいうならやってみようか』というように、情熱を撒き散らしながら人に感情で動いてもらう、というのが私のスタイルだと思います」

人は感情でしか動かない。そのことを、極めてロジカルに説明する足立は、企画力を売りにする一般的なマーケターのイメージとは遠い。

いまもナイアンティックのほか数社のアドバイザーを務めながら複数の宴会に連日赴く。時には自分で幹事も引き受けつつ、会食の機会が多い12月平日夜の予定は、そのほとんどが10月には埋まってしまうのだという。そういった生活が、ここ10年間は続いている。

モノもコトも充足する時代に、いかに人の心を動かすか。多くの事業会社がこの難題を前に、デジタルにシフトしながらマーケティング戦略の構築を急ぐ。デジタル・マーケティングの重要性を肯定しつつも、足立は「消費者の半分はシニア層。デジタルではメッセージが届かない層です」と一言、釘を刺す。

では、これからのマーケターは何を考え、どのように行動していけばいいのか。足立にアドバイスを聞いた。

「繰り返しになりますが、マーケターはビジネスがつくれてなんぼ。商売人を目指しましょう。マーケティングはコミュニケーションだけではなく、デジタルによる効率化だけでもありません。継続的にビジネスを伸ばしていく仕組みをつくるのがマーケティングですから、営業も財務・経理もロジスティクスもみんなやってみる、少なくとも理解しておくことが必須です。それによってビジネスに対する理解が深まります。ぜひ、包括的に、マーケティングじゃないことに興味を持ってみましょう」

続けて足立は、よりグローバルに目を向けることを進言する。

「次に、世界を見てください。当然のことながら、今後、日本市場は構造的に小さくなっていきます。これからのビジネスの主戦場は、欧米でも中国でもなく、東南アジアと中南米、アフリカや中央ヨーロッパに舞台を移していきます。ぜひ日本の外で活躍できる人になってほしい。最後に、自分のブランドを確立してほしいですね。マーケターは、自分のマーケティングに対して意外と無頓着です。そのためにするべきことは、目の前の仕事で結果を出し続けることしかありません。ビジネスをつくれる人になって結果を出し続けなければ、自分のブランドを確立することはできません」

コミュニケーションに関わるスキルやテクニックももちろん大事だが、それ以上に必要なものがある。

マーケターは「広告宣伝の人」ではなく、「経営人材そのもの」である。足立の言葉は、世のマーケター像を覆すものだった。


世界時計が飾られた応接室。ナイアンティック日本法人は15年、初の海外法人として設立された。


SATORI
https://satori.marketing/

Promoted by SATORI / text by Toshihiko Masugi / photographs by Takanori Hayashi

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