贅沢すぎる。プロデューサー立川直樹が箱根で手がける、音楽と温泉旅館の新境地

「ONGAKU RYOKAN」のプロデュースを手掛ける立川直樹氏(写真=小田駿一)


「例えばここ10年ぐらいの間に音楽がうまく使われているなと思う映画には、『ミュージックスーパーバイザー』という肩書きの人がクレジットされている。古いところだと、『スターウォーズ』シリーズの音楽を手掛けるジョン・ウィリアムズのオリジナルスコアとフォー・シーズンズのヒットをはじめとする既成曲が実にうまくシンクロしていた『スリーパーズ』や、他にもたくさんあるけど、新しいところだとマーティン・スコセッシの『アイリッシュ・マン』とかね。素晴らしい場面には、音楽のセレクト、編集が必要だと思う」

ビール、ハイボール、ボルドーワイン。あちこちでグラスを合わせる音が心地よい。思い思いにドリンクを楽しみながら、みな次第にリラックスした様子で足を組み、体を揺らしながら会話を始める。

音楽が記憶に直結する。本物の贅沢とは


「記憶が記録と交差する。音楽ってリアルな場で聴くということがすごく重要なんです。音楽と何かの音がクロスした時がすごくいい。イヤホン、ヘッドホンで聴くのとは全然違うんです。音楽と共に合わさるグラスの音や何気ない会話が相まって、記憶に直結するんです」

集まった宿泊客の中には旅行で訪れたカップルらのほか、箱根の観光に携わる関係者も多かった。「音楽の力で箱根を再起させたい」。昨年10月の台風19号により箱根湯本―強羅駅間が今も運休したままの箱根登山鉄道の復旧への思いも、口々に語られていた。

デヴィッド・ボウイ、ポール・サイモン、エリック・クラプトン……。アナログ盤とCD、計約60枚を持参した立川氏。ワイングラスを片手にじっくり選曲をし、CDやレコードを入れ替える一連の動作、その佇まいに一同、一層の心地よさを感じていた。

「アナログレコードの再現能力がどのくらいのものかを証明します」。この辺りかな、と針を落とすと、流れたのはボブ・ディラン「One More Cup of Coffee」。立川氏が微笑む。「どう? 最高でしょ。悦楽の夜でしょう」

立川直樹 レコード

「レコード、初めて見ました」。名盤が廻る姿を珍しそうにスマホで動画におさめる浴衣姿のカップルも、雰囲気を盛り上げていた。

「アイリッシュマン」のサントラに入っている、ファイブ・サテンズの「In the Still of the Night」が響く。温まった体に最高の音楽とアルコール。みな酔いが回り、あちこちで膝を突き合わせて熱く語り出す。ビリー・ホリデイのハスキーな声の艶も感じることができた。

ビリー・ホリデイ 立川直樹

この夜、レコードは深夜まで廻り続けた──。

本物の贅沢とは何かということを問い直す、この上なく豊かな音楽体験。立川氏は「いつでもどこでも簡単に音楽を聴けるようになったからこそ、相応しい場所で、本物の音楽を本物の音で聴く、そんな体験や記憶をみなさんに提供したいんです」と語った。

温泉旅館とONGAKUの至高の掛け合わせが箱根の地の魅力を一層高め、一生忘れられない一夜を演出してくれそうだ。


立川直樹(TACHIKAWA NAOKI)◎1949年、東京都生まれ。グループサウンズシーンでのプレイヤー、ロックバー経営、舞台美術制作、ロック評論家などさまざまな職業を経て、70年代の始まりから「メディアの交流」をテーマに音楽、映画、美術、舞台など幅広いジャンルで活躍するプロデューサー・ディレクターとして高い評価を得る。プロデュース・ディレクションの分野はロック、ジャズ、クラシック、映画音楽、アート、舞台美術、都市開発と多岐に渡り、音楽評論家・エッセイストとしても独自の視点で人気を集める。 『シャングリラの予言』(正・続、森永博志氏との共著)、「セルジュ・ゲンズブールとの一週間」、「父から子へ伝える名ロック100」、「TOKYO1969」など、著書多数。

文=林亜季、写真=小田駿一

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