Apple Watchが発売された2015年、フランス高級品大手LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンの時計部門社長でタグ・ホイヤーの最高経営責任者(CEO)を務めるジャンクロード・ビバーは、スイスの時計業界はアップルの新商品を恐れていないと発言。その理由は、Apple Watchは1000年後、あるいは80年後に修理することができないし、子どもに受け継がれたり、地位の象徴となったりすることも決してない、というものだった。
ある業界で破壊が起きるときは常にそうだが、既存企業は脅威を認識できず、既に過去のものとなっている基準に基づき現状を分析しようとし続ける。
私は同年、腕時計分野での技術代替について議論しており、2017年5月には、スマートウオッチの売り上げが3年連続で伸びる一方、スイス製腕時計業界の輸出量が減少を続けていることを指摘し、前例のない危機が起きていると述べていた。スイス製腕時計はその地位を失って過去のものとなり、ファンは維持するものの、残余市場となる、と。当時述べたように、破壊が起きれば、伝統やスタイルといった実体がないものに頼る惰性を持ってして利益を確保することなどできない。
アップルが腕時計を再発明したことは、販売数の多さだけではなく、使用方法の多様さでも示されている。Apple Watchを手にした人の多くは最初、「これは時々使うことにして、今までのお気に入りの腕時計はこれからも使い続けよう」と思う。スイスの腕時計業界は、ファッションアクセサリー、あるいは収集価値があるものとしての腕時計のイメージを築いてきたのだから。時計愛好家の多くにとって、スイス腕時計はこれまで強力な地位の象徴だった。
しかし一度Apple Watchを試せば、それも変わる。これはただ時間を知るためだけのものではなく、通知の受信や運動量の測定、天気予報の確認、スポーツ試合の結果確認、さらには不整脈の検知などができると分かるのだ。Apple Watchを使い始めるとすぐに、自分の腕時計コレクションが今後は引き出しに眠ることになると気付く。