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Jリーグ屈指の強豪クラブを牽引する中村憲剛と、日本を代表するスーツブランド「ダーバン」。真に大切にしなければならないものを知る両者には、共通する哲学があった。


長年にわたりJリーグの“顔”として躍動する川崎フロンターレの絶対的司令塔、中村憲剛。彼は不屈のメンタリティのもち主としても知られる。

昨シーズン終盤、選手生命の危機に立たされる大ケガを負った。左膝前十字靭帯損傷、左膝外側半月板損傷、全治7カ月。39歳の誕生日を迎えたばかりのレジスタに下された無情な診断は、日本中のサッカーファンを動揺させた。しかしやがてそれは安堵へと変わる。無事手術を終えると現役続行を宣言したからだ。

ここ数年の中村は、信じがたいほど質の高いパフォーマンスをピッチで表現してきた。JリーグのMVPを初めて獲得したのは、2016年、36歳のときである。17年にフロンターレを悲願の初優勝に導くと、18年には史上5チーム目となる連覇に貢献、自身、8度目のベストイレブンに選出された。なお進化を遂げているかのようだ。



「年齢を重ねても、本物の技術と豊かな創造力さえあれば、身体能力に勝る相手とも互角に戦えるのがサッカーの最大の醍醐味」。中村はピッチで己の信念の正しさを証明して見せた。このフロンターレのレジェンドは、サッカー人生最大の試練をも乗り越えようとしている。

20年1月某日、リハビリを終え、取材場所のクラブハウスに現れた中村は、本誌3月号掲載のスーツブランド、ダーバンと元日本代表の遠藤保仁とのコラボレーションページを一瞥すると、屈託のない笑みを浮かべた。悲壮感はない。

「ヤット(遠藤)さん、有能な経営者のようですね。スーツを着ると、やはり佇まいが違いますね」

遠藤とは、06年に日本代表でともにプレーした仲だ。試合の流れを読む戦術眼に驚かされたという。

「試合中にボールで会話ができる数少ない選手です。欲しいときにパスをくれるし、危険なスペースは消してくれる。インテリジェンスに溢れた素晴らしいプレーヤーです」

中村もまたゲームを支配する能力に定評があるが、本人は否定する。

「僕には、天性の才能などありません。だから、中村憲剛というプレーヤーがチームを勝利に導くために何をすべきか、俯瞰して考えることを心がけています。自分のプレーの意図をチームメイトが納得するまで話し合う。言語化することで、一つひとつのプレーの再現性が高まるのです。組織の中で自分の強みを生かすために、僕は、伝える力を磨きました」

中村には、グラウンドに戻らなければならない理由がある。

「僕の復帰を待ち望んでくれるサポーターが大勢いてくれる。フロンターレは川崎市民とともに成長してきたクラブです。みんなの支えがあるからこそ、ケガを受け入れ、克服しようと決断できたのです。この年でもカムバックできる先例をつくりたい」

フロンターレは、Jリーグの百年構想のロールモデルでもある。イベント、災害支援、多摩川の清掃……地域社会との交流を通してチームの誰もが人間的にも成長できたからこそ強くなれたと、中村は断言する。



「僕たちは川崎市民を笑顔にしたいと思って積極的に社会活動を行ってきました。でも、実際には、彼らから勇気をもらうことのほうが多かった。等々力スタジアムの2万6,000人のサポーターの大声援、テレビで応援してくれるたくさんの人々がどれだけありがたいか。だから、サポーターには試合そのものを楽しんでほしい。フロンターレは何年もかけてどのクラブも真似できない独自の超攻撃型のスタイルを確立しましたが、サポーターがつくったクラブでもあるのです。僕たちは彼らの期待以上のプレーをする義務があると思っています」

この誠実さと謙虚さを兼ね備えた人柄が、Jリーグ、川崎市民にとって中村を特別な存在にしている。

中村は、伝統と正統を重んじながらも、新たな時代を切り拓くため、常に挑戦を続けるダーバンにも強い共感を示す。

「ダーバンのような、日本を代表するブランドが“継承”というビジョンを掲げていることにとても感銘を受けています。フロンターレも地域の人たちと成長してきた伝統は守り続けなければなりません。同時にサッカーも社会活動も常にアップデートする必要があります。後輩たちにそれを伝えていきたいと思っています」


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ダーバン
www.durban.jp


なかむら・けんご◎1980年生まれ、東京都出身。中央大学文学部卒業。テスト生を経て川崎フロンターレへ入団。以降、川崎フロンターレひと筋で現在に至る。2016年には史上最年長となる36歳50日でのJリーグ年間最優秀選手賞を受賞しギネス世界記録に認定された。司令塔として17年、18年の川崎フロンターレのJ1リーグ2連覇に貢献。

Promoted by ダーバン / text by Hiroshi Shinohara / photographs by Shuji Goto / fashion direction by Hiroshi Morioka / hair & make-up by Toyo / edit by Akio Takashiro

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