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2020.02.12 20:00

凍てつく時代に「あたたかい働き方」を問う3冊|クリエイターの本棚


その中村さんと同じあたたかさを感じる女性がいる。その人はかつて都内の有名出版社の編集長を務め、バリバリのキャリアウーマンとして会社の成長を牽引してきた。。しかし、彼女は「もっともっと」と数字の積み重ねに目を奪われるあまり業務に忙殺され、「忙しい」という文字の通り完全に「心を亡くした」状態に陥っていた。長年連れ添ってきたご主人とは離婚寸前、自身の心も壊れかけていた。

そんな折、東日本大震災が起き、2012年にかけて自らの生き方を見つめ直していたときに、お腹に新しい命が宿っていることを知った。そして、終わりのない拡大競争から降りた彼女が出した結論は、下町のちいさな出版社をつくることだった。事業規模の拡大がすべてではない。

出版部数至上主義に陥り、手っ取り早く売れそうな著者の本を内容以上にけたたましく売り煽るのではなく、心の声を持った著者を探し出し、真心込めてつくったあたたかい本を心から必要としてくださる方の元に届ける。そんな出版社、センジュ出版が生まれたのだ。



そのやさしい出版社の物語は、吉満明子著『しずけさとユーモアを 下町のちいさな出版社 センジュ出版』(エイ出版)に記されている。

「バカ」と「マヌケ」は違う


世の中はレースに勝てる人ばかりではない。むしろ競争すれば、表彰台に立てない人のほうが多い。もちろん、スグレモノはスグレモノでいいけれど、全員がそうじゃなくたっていいんだ。そう語るのは、誰もが知る国民的な人気者「欽ちゃん」こと、萩本欽一さんだ。萩本さんは、「自分は『マヌケ』だったから、人間関係、仕事、家庭も、なんだかうまくいった」と、自著『マヌケのすすめ』(ダイヤモンド社)で語っている。



現代は勝者が富を総取りし、敗者が食いっぱぐれても自己責任だと切り離す。人前で一度失敗すれば、立ち所にSNSでバッシングが巻き起こる。いつしか「マヌケ」であることに、冷たい風が吹きつける時代になった。しかし、萩本さんの持論に耳を傾けていると、「マヌケ」の存在があるからこそ、「人」が「人間」たりえ、あたたかい社会が育まれているのではないかと思えてくる。

前回の書評で、私は「人と人をつなぐ『間(ま)』があるから、私たちは『人間』になるのだ」と書いた。私たち自身を含め、ときどき「間」を抜かしてしまう「マヌケ」がいるからこそ、その「間」を埋めようとして手を差し伸べ、「人」が「人間」になり、人にやさしい社会が築かれるのではないだろうか。

萩本さんは、「バカ」と「マヌケ」は違うと言う。なるほど、「馬」や「鹿」の目は「横」についている。競走馬は「横(ライバル)」の走りが気になる。しかし、「人間」の目は「前」についている。それは、きっと「未来」を見るためだ。中村さんや吉満さんが経営する会社が新しい道を切り拓き、人と人が同じ未来を見て互いの手を取り合う、「あたたかい会社」がこれからもっとたくさん生まれてくる予感がする。

連載:クリエイターの本棚
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文=川下和彦

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