凍てつく時代に「あたたかい働き方」を問う3冊|クリエイターの本棚

中村朱美/著「売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放」

旅するように、本を読む。一冊の良書は好奇心を刺激し、読み手を新たな書へと駆り立てる。

この連載では、新規事業開発や広告制作を手がけると同時に、本をこよなく愛する筆者が、知的欲求を辿るように読んだ書籍を毎回3冊、テーマに沿って紹介していく。第10回は、「やさしい時代の息吹」を感じる3冊。


凍てつく冬が終わり、今日から春に変わったと思う瞬間がある。長く太陽に触れ、ふんわり暖かくなった空気が、新たに息吹いた自然の香りをたっぷり含んだ風となって頬を撫でる。そんなとき、深く息を吸って、「春だなあ」と思う。最近、時代にも同じ風が吹いていると感じるようになった。

表彰台に立つ名誉と報奨金をニンジンとして目の前にぶら下げられ、「GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)に遅れをとるな!」や「Scale is everything!(規模こそがすべてだ!)」とばかりに、競走馬のように人と優劣を競い合う。止め処なく溢れる欲望をガソリンにして走り、勝ち残るために容赦なくライバルたちを蹴落とす。勝者は、着いてこられず脱落する人に対して、本人の力不足で「自己責任だ」と冷たく突き放す。

競争に勝つことだけに目を奪われ、疾風怒濤のごとく駆け抜けていく──。そんな凍てつく時代に、あたたかい働き方の息吹を乗せた風が吹き始めているように感じるのだ。

大金持ちにはなれないかもしれないけど


常に「拡大」を追い求めて、ニンジンで釣ったりムチを打ったりしながら馬を走らせるだけが経営ではない。むしろそれとは真逆の発想で「社員の働きやすさ」と「会社の利益」を両立することができると教えてくれるのが、「佰食屋(ひゃくしょくや)」代表・中村朱美著『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)である。

佰食屋は、「ランチのみの国産牛ステーキ丼専門店」とすることでオペレーションを徹底的にシンプル化し、「どれだけ売れても、1日100食限定」という上限を設けることによって、「営業はわずか3時間半」「飲食店でも残業ゼロ」「従業員の給料は百貨店なみ」という働き方を実現している。

確かに、大金持ちにはなれないかもしれないけれど、お客さまの喜ぶ顔が見られる仕事に携わり、外がまだ明るいうちにお店を出て、家族と過ごしたり趣味を楽しんだりすることができる時間は、何ものにも代え難いのではないだろうか。

そんな佰食屋の採用基準は、「仕事ができる人」ではなく、「いまいる従業員と合う人」だと言う。競争して数を売れる人ではなく、「1日100食を売り切る」というみんなの共通目標の達成に向けて、互いの手を取り合える人がこの会社には求められているのだ。
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文=川下和彦

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