進化し続けているからこそ残る
このとき水野はあらゆる関係資料を熟覧し、一つの曲線、一画の止め方に例がないほどの労力を傾け、ようやく仕上げに至った。コンピュータを使えない時代にそのラインが生まれてきたプロセスを、さながら追体験するようだったという。
そして、文楽のすべて──物語、かしらの作り、精緻な衣装、人形の動き、三味線の技、太夫の語りも、何十年何百年と磨かれ続けて今ここにあるということが、そのとき、自然に腑に落ちた。
「歴史が長いものっていうのは、進化してないんじゃない。進化し続けているから残っている。自分もその脈々と続くものの一部として関われるということに、プライドをかけて、やりました」
中央の紋は、六代目竹本織太夫襲名を機に水野がブラッシュアップした定紋で、裃にも配されている。左は、新たに制作した替紋。竹本綱太夫の「綱」の字をかたどった古い綱太夫紋をベースにして、「織」の字をデザイン。右は、その後に手がけた文楽座(文楽の太夫・三味線・人形遣いの技芸員が属する団体)の紋。
想像力や美意識を培うものとして、欧米では、教育過程で哲学とアートを教えるが、「日本の場合、アートは学校教育では創作がメインで、美術館で作品を観て考えるような機会は少ない。哲学も、難解な理屈を学ぶイメージがあるけれど、もっとシンプルに、どんなふうに生きるか、っていうことを自分で考えるのが哲学なんじゃないか、そういうことが、日本にはちょっと足りてないんじゃないかなと思うんです」。
そして、文楽の舞台は、「そういうこと」のきっかけになる。たとえば、文楽の演目の多くは、死を扱う。
「どう死ぬか、死ぬまでにどう生きるのか、考えさせられる。すると今日の一日の過ごし方が変わっていく」
現代のトップクリエイターを、みずからの創造力≒想像力の底にある美意識という鏡に相対させる。いま、その文楽というあらわれ方を支えているのが、水野のいう圧倒的な「進化」の蓄積なのだろう。
水野が竹本織太夫のためにデザインした名刺。中央のエンボスの長方形は、国立小劇場の舞台額縁の縦横比を表す。舞台に向かって右側の「床」が太夫の定位置であることから、氏名は右端に配置。
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みずの・まなぶ◎1972年、東京都生まれ。多摩美術大学卒。98年、good design company 設立。現在、同社代表取締役。ゼロからのブランドづくりをはじめ、ロゴ制作、商品企画、パッケージデザイン、インテリアデザイン、コンサルティングまでをトータルに手がける。近著に『いちばん大切なのに誰も教えてくれない段取りの教科書』。