「高血圧」といえば、ある程度の年齢を過ぎてからだと思っている人も多いだろう。しかし、いまやそのリスクは中高年だけのものではなく、働き盛りの30~40代にまで広がっている。なるべく早めにケアすることで、健康寿命を延ばし、さらには金銭面や仕事面でも得をするというのだ。
「多くの人が、健康診断で『血圧高め』と言われても、その問題を見て見ぬふりをして放置しています」と語るのは、年間7500名以上の高血圧の患者の診療にあたり、このほど『血圧リセット術』(世界文化社刊)という著書を上梓した、東京女子医科大学高血圧・内分泌内科教授の市原淳弘氏。多くの人が高血圧を無視してしまうのは、良くも悪くも高血圧がすぐに何らかの身体症状を出さないことが原因だという。
「高血圧はサイレントキラーと呼ばれています。症状はすぐに目には見えませんが、長い年月をかけて血管にダメージを与え、大病の原因となる病気です。一旦できたダメージを治すにはできるまでの倍以上の時間が必要になりますので、ダメージが起きてから治療を開始するのでは遅いのです。血圧が高めと言われたら、脳卒中や心筋梗塞、心不全など死に至る病気や寝たきりへのカウントダウンが始まっているといっても過言ではありません」(市原氏)
130/80mmHg以上なら血圧を下げる意識を
日本高血圧学会の発表によると、日本の高血圧患者の数は4300万人にものぼり、このうち57%しか治療を受けていないという。30代では5人にひとりが、40代では3人にひとりが高血圧だといわれている。
「血圧高めや高血圧を無視するもうひとつの原因に、まことしやかに広がっている高血圧に関しての都市伝説があります。例えば、上の血圧が年齢+90まではいいとか、下の血圧が高くても上の血圧が範囲内なら問題ないなど、このような根拠のない情報を自分にあてはめて納得する傾向があるのです。血圧は年齢にも性別にも関係なく、数値が高ければ、血管へのダメージが始まっている、と科学的根拠に基づいた正しい認識を持ってほしいと思います」(市原氏)
高血圧が原因の生活習慣病の増加が深刻化するのを受け、日本高血圧学会では2019年、 5年ぶりに「高血圧治療ガイドライン」を改訂した。そのなかで上の血圧は130mmHg以上、下の血圧は80mmHg以上のすべての人は、年齢に関係なく生活習慣の見直しが必要であることが記されている。
「高血圧患者の基準は140/90mmHg以上ですが、130/80mmHg以上であれば血管へのダメージが水面下で既に進んでいますので血圧を下げる意識を持つべきです。また、上の血圧が130mmHg未満であっても、下の血圧が80mmHg以上あれば、これも生活習慣の見直しが必要です。
上の血圧が高いのは、心臓が収縮したときに血管内に血液量があるのに、血管が広がらない状態。逆に下の血液が高い場合は、血管内の血液量が減ったときに血管が縮まない状態です。どちらの数値も高ければ血管が硬くなっていることの証しです。とくに30~40代の働きざかりの世代ほど、ストレスが多く、上の血圧が正常でも下の血圧が高いという人が少なくありません」(市原氏)
血圧高めを放っておいて受けるデメリットは健康を害することだけではない。東北大学の研究では、家庭血圧測定器を導入して定期的に血圧を測定した場合、1年で20万円、生涯でかかる1人あたりの平均医療費が1200万円以上も節約できるというデータがある。
また、経済産業省の調査では、40歳男性の生涯医療費が正常血圧の場合1334.3万円なのに対し、高血圧の場合は1710.1万円になるという。つまり、高血圧になると生涯医療費が375.8万円も多くかかる計算だ。