香りで空間をデザインする
既存のアロマディフューザーは色々な香りがあるが、どれもオイルの匂いがメインで単調な香りが続く。香りに飽きて消したいと思っても自由にON/OFFすることができず、ずっと香らせておくと頭が痛くなることもある。また、アロマディフューザーから出る香りは粒子が大きく、壁や床に匂いが染み付いてしまうのだそうだ。
「香りは変化」だと考える丹下が目指したのは、1時間のうちの最初の5分だけ香らせておいて、30分経ったら違う香りに切り替えて脳をリフレッシュさせるような体験。そのため、IoTデバイスでオンデマンドに、香りで人間に寄り添った空間を作ることが必要だった。Scentee Machinaから出るフレグランスは粒子が非常に細かく、爽やかに部屋中に拡がったあとスッと消えていく。
新しいテクノロジーでこれまでにない香りの体験を
丹下が初めて香りのプロダクトを開発しようと思ったのは2009年のこと。当時はフィーチャーフォンからスマートフォンへの移行が急速に進んでいたタイミング。そんな中で様々なサービスが立ち上がっていたが、人間の五感のうち、味覚と嗅覚に関するサービスはなかった。「ガラケーでは難しいが、スマートフォンだったらこれまでなかった新しい体験を提供できるかもしれない」。そんな想いから「香り」のプロダクトの検討を開始した。
はじめに考えたのはユーザー同士が香りをメッセージのように送りあえる体験。スマホのイヤフォンジャックに取り付け、メッセージを送ると香りが出るデバイスを開発した。当時はIoTという言葉もまだなかったが、丹下にはインターネットとものづくりを組み合わせた領域では日本人も世界で勝負できると考えていた。そこに「香り」の要素も追加すれば世界的にも例のない、新しい体験を創造できると確信していた。
日本発のサービスで世界を驚かせる
このとき丹下が作ったスマホで香りを送るデバイスは瞬く間に世の中の注目を集めることになる。女子高生が友達と香りを送り合うプロダクトムービーを公開したところ大きな話題になり、ロレアルをはじめとした世界中のコスメ、アパレルブランドから声がかかった。
そんな中、2012年にアメリカのOscar Mayerという食肉加工品メーカーの“Wake Up & Smell the Bacon”というキャンペーンで、朝になるとベーコンの香りとともに目覚められるデバイスを作った。キャンペーン動画は3600万回以上再生され、カンヌライオンズでもモバイル部門でシルバーを受賞した。
この取り組みで香り業界の注目を一気に集めた丹下は、2013年にドイツで開かれた人工嗅覚の分野の世界的な学会「Digital Olfaction Society」に出席。そこで世界で最も有名な香水であるシャネルのNo.5の調香師と出会う。シャネルの調香師にとって香水は「神の作る芸術品」だ。香りをデジタルデバイスにすることは神への冒涜に等しいのではないか。批判を覚悟して挨拶をしたが、調香師の口から返ってきたのは「こんなものを作ってしまう日本人はなんて面白いんだ」という予想外の称賛だった。
このときの「日本人も世界で通用するという」自信は、丹下にとってその後のサービス開発を進める原動力となった。香りの世界で、ある種日本人らしく、オタクのようにガジェットを作るだけで、世界から評価してもらえる新しい価値が生まれる。丹下はその価値を日本人にも届けるため、プロダクト開発に邁進した。