感染症の「アウトブレイク」に震撼する世界経済に、いま必須の視点とは

世界レベルでの感染症管理では、感染症の封じ込めだけでなく、経済面での影響にも注意を注ぐべき。(REUTERS/Kim Hong-Ji)


実際、医学と公衆衛生の進歩のおかげで感染症の罹患率と死亡率は低下していますが、感染症の脅威がもたらす社会的・経済的な影響に対する集団的な脆弱性は総じて高まりつつあるようです。

SARSが世界経済に与えた打撃は「500億ドル以上」


例えば、2003年のSARSのアウトブレイクでは、およそ8000人が感染して800人近くが死亡し、世界経済は500億ドル以上の打撃を受けました。また、2015年の韓国でのMERSのアウトブレイクでは、感染者数は200人に満たず死者はわずか38人でしたが、およそ1万7000人が隔離され、85億ドルの費用がかかったと推定されています。さらに、2014~2015年にかけて西アフリカの3カ国を襲ったエボラ出血熱のアウトブレイクでは、かかった費用は530億ドルという膨大な金額に上ったとみられています。

マクロ経済への影響の推定額は莫大ですが、それによって地域社会が受ける影響の実情が見えにくくなっています。

例えば、2009年に新型インフルエンザ(H1N1)が大流行した際にメキシコの観光産業が受けた打撃は50億ドルに上ったと推算されています。地域社会レベルでは、感染例はメキシコシティとその周辺地域に集中していたにもかかわらず、そこから遠く離れたカリブ海や太平洋の沿岸にあるリゾート地にまで経済被害が飛び火しました。カンクンの例を挙げると、クルーズ船が寄港を取りやめたほか、22軒のホテルが一時休業となり、1万人以上のホテル関連の従業員(ウェイター、調理師、ルームメイドなど)が一時解雇されました。

同様に、2014~15年にかけて西アフリカでエボラ出血熱が流行した際は、シエラレオネ、ギニア、リベリアへの運航を続けた航空会社はわずか2社(ブリュッセル航空とロイヤル・エア・モロッコ)しかありませんでした。その結果、これらの国への空の便が減少したことで、地域経済への影響が深刻化したほか、援助物資を輸送する手段が制限されたために事態がさらに悪化する危機に陥りました。

「経済的損失」を回避する視点が欠落


こうした経済的影響は回避できませんが、それに歯止めがかからない場合やそれがさらに悪化した場合、どの程度まで対応できたら成功したと考えることができるのでしょうか。ある消防士は次のように問いかけています。

「被害者は火事に遭った日のことを生涯忘れないでしょう。それだけでなく、莫大な金額に相当する無駄な損害を理由もなく自宅に与えられた日として記憶させてしまうつもりですか?」

国際保健規則(IHR)は、WHOの全加盟国を含む196カ国に対して法的拘束力を有する国際規則で、公衆衛生上の深刻な危機の防止と対応を目的としていますが、この規則は公衆衛生上の危機を最小限に抑えるとともに、国際交通と貿易を妨害する不要な事態を阻止することを最重視しています。

もちろん、公衆衛生上の危機を防ぐこと以上に重要なことはありません。しかし、感染症がもたらす経済的影響を最小限に抑えることにも注意を注ぐ必要があります。これはIHRの趣旨にも合致しています。そして、感染症のアウトブレイク全般に対して防止、察知、対応できる中核的な能力(コア・キャパシティ)を実現するための取り組みを進めていくうえで、相乗効果を期待できる機会でもあります。

リバプールにサルベージ隊が誕生したのは、消火活動を効率的にこなしていた消防隊が存在していたにもかかわらず、火災による損害が甚大だったからです。感染症の報告は毎年200件ほどあります。通常は予測も回避も可能な経済的損失を「感染症に対する消防隊」が防げなかったとしたら、それは私達自身の責任で機会を逃したことに他なりません。

(この記事は、世界経済フォーラムのAgendaから転載したものです)

連載:世界が直面する課題の解決方法
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文=Ryan Morhard, Community Lead, IO and IGWELS, World Economic Forum

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