ぬらなければ「画集」だし、練達の言葉の使い手による「言葉集」ともいえるユニークなぬりえ本で、いわゆる「ひとり出版社」から刊行されたものとしては異例のヒット。静かに読者(ぬり手)を獲得し続けている。
画家は、国内外から注目される「曼陀羅アート」を制作し続ける田内万里夫。20代半ばまで、フランス、オーストラリア、アメリカなどで過ごす。現在の曼陀羅のイメージを「いわば電撃的に」得たのは2001年、ドイツでのことだ。以降、ニューヨーク、ロンドン、アムステルダム、香港、そして東京での個展開催や、音楽家、パフォーマーとのセッションでのライブペインティングなど精力的に活動するアーティストだ(田内の「曼陀羅」誕生のきっかけは、世界を驚嘆させる日本人曼陀羅作家は「ある夜の奇妙な衝動」から誕生した 参照)。
彼の線描画に絶妙な「つぶやき」を寄せるのは、ドリアン助川。2015年に河瀬直美監督によって映画化され、45カ国で上映された「あん」の同名原作小説(2013年、ポプラ社刊)をはじめ、多くの著作で知られる作家であり俳優、アーティストでもある。「あん」はカンヌ国際映画祭「ある視点」オープニング作品として上映された際、5分を越える拍手喝采で称賛されたほか、2019年に逝去した女優・樹木希林氏「最後の主演映画」としても大きな話題を呼んでいる。
2015年カンヌ国際映画祭で(写真左端がドリアン助川氏)
実はこの世界的ベストセラー『あん』の原稿は、最初に持ち込まれた出版社が、(出版界のタブーともいえる)ハンセン病問題に関連する小説を出すことを決断できなかったため、一度ボツになっている。そして、2社目の出版社を見つけるうえで、田内がひと役買っているのだ。2人のコラボレーションが生んだぬりえ本のヒット作『心を揺さぶる曼陀羅ぬりえ』の「あとがき」にも、ドリアン助川は次のように記している。
「ボツになった原稿を抱えて酔いつぶれていた私に、同じく酔いつぶれていた編集者を紹介してくれたのは田内画伯だ。その結果、原稿は小説として売れ、映画になり、世界の人が観ることになった」
制作中の田内万里夫氏